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強固な「企業戦士信仰」は捨てて

「自分はどうしたいのか」考えよう

中村安希 ノンフィクション作家

拡大働き方改革実現会議であいさつする安倍晋三首相(中央)=首相官邸
 このところ「働き方」をめぐる議論が、注目を集めているらしい。「働き方改革」という言葉も耳にするようになった。私個人としては、「働き方」にせよ「改革」にせよ、ほとんど関心がないので、何が注目され、また具体的に何が話し合われているのかは、正直なところ知らない。いや、それでも大体のことは想像がつく。というのも、働き方について書いてください、という原稿の依頼がこのところやたらと多かったからだ。

 30代後半の女である私の周りには、依頼者が喜びそうなネタが一揃(ひとそろ)いある。就職氷河期世代だから、ブラック労働は身近なものだし、女ともだちと話をすれば、保活に敗れた、セクハラがうざい、仕事と家庭の両立がきつい、という嘆きの声も簡単に拾えてしまう。加えて、私には海外で暮らした経験もあるので、いわゆるグローバルスタンダードから見た「日本の労働環境の異様さ」を嘲笑するネタにも事欠かない。昨年まで暮らした香港でも、日系企業で働いたことのある現地の友人たちは、こう口を揃えたものだ。「日系の会社は本当に居心地が悪い。もう二度と働きたくない」と。

 働き方に関わるネタならいくらでもあった。それらを小出しにすることで原稿の依頼もいくつかは受けた。けれど何本か書き進めるうちに違和感を覚えるようになった。次第に書く気も薄れていった。メディアが求める「働き方」の議論と、私が現実として触れている「働く」という行為との間に、決定的な隔たりがあると気づいたからだ。

 その隔たりがはっきりしたのは、「働き方改革」をテーマに頼まれたある一本の原稿が、どうしても書けなくなったときだった。

モデルは都市のサラリーマン

「特殊なキャリアを歩んでいる人など、物語としておもしろい対象者を取材して執筆を……」という依頼を受けて、私はパッと頭に浮かんだ知り合いを数人、提案した。脱サラして地ビールの紹介サイトを立ち上げた人、NGO職員からジャーナリストになった人、酒蔵を引っ張る若手の女杜氏(とうじ)さん。他にも漆職人やリンゴ農家に転身した人など、ユニークな人はたくさんいた。

 しかし、私の提案に対するクライアントの反応はイマイチだった。どうやら、私が挙げた候補者たちではユニークすぎて、「働き方改革」というテーマからは逸脱してしまうということらしい。ではどのような候補ならテーマにマッチするのか? 考えているうちに、マスコミの意図が透けて見える気がして、もうバカバカしくなって書くのをやめてしまった。

 日本で議論される「働き方」には、まずサラリーマンという大前提のモデルがある。それも夜遅くまで活動するような都市部のサラリーマンがデフォルトになっている。改革を必要とする課題とはすなわち、長時間労働、新卒一括採用、終身雇用、有給休暇消化率、女性の昇進、保活問題など企業で働く勤め人にとっての問題を指す。だからフリーライターの私自身を含め、私が候補に挙げた人たちの「働き方」は、最初から議論の対象にすらなっていない。そんなものは、「働く」うちにも入っていないというわけだ。

 だってそうでしょう、私たちは会社員じゃないですから、残業も有給休暇も終身雇用も育休もまったく関係ないですもの。私たちが気にするのは、サイトのPVが増えるか減るか、リンゴの収穫が終わるか終わらないか、原稿の締め切りに間に合うか、合わないか。それだけ。あとはいつ休んでも、何時間寝まくっても、どこへ行って何をしていても構わない。

 けれど、「働き方改革」を論じたがる人々は、そんな我々の暮らしには見向きもしないで、相変わらず超満員の電車に毎日乗って、おっさん上司にイライラしながら、終電ギリギリまで働いて、保育園の枠の取り合いに一喜一憂し続けている。

 なぜか? 理由は簡単で、そうしていたいから。少なくとも遠目には、そのようにしか映らない。だいたい、「働き方」を憂えている(表向きにはそのように見える)マスコミの人たちだって、まさか今の自分たちの働き方を変えたいなどとは思っていないだろう。それは、原稿を依頼してくれた若手編集者にでも聞いてみれば、きっとはっきりするはずだ。

 今の会社(大手出版社)はどうやって入ったの? 新卒一括採用です。数年後に転職もいいんじゃない? とんでもない、せっかく入った会社です。徹夜が続いてるみたいだけど、残業禁止する? いえっ、それだけはやめてください!(笑)

人それぞれに違う働き方

 仕事に求めるものは、人それぞれ違う。毎日9時5時で働いて、定時にピタッと家に帰りたい人もいれば、連日連夜の徹夜をしてでも成果をあげたい人もいる。たくさん稼ぎたくて働く人、生活のために働く人、仕事が面白いから働いている人、いろんな理由で人は働く。住んでいる場所、取り組んでいる分野、その時の状況やモチベーションによっても、人が仕事に求めるものは違ってくる。だから満足が得られるポイントも、不満を感じるポイントも違う。それなのに、労働者をひとくくりにして「働き方」を論じるなんて、どだい無理な話である。

 はっきりさせておきたいのだけれど、日本の労働問題の本質は、長時間の残業にあるのではない。終身雇用制度や保育所不足にあるわけでもない。それらは対策を必要とする個別の課題ではあっても、根本的な問題ではない。

 問題の本質は、強固な一律主義と企業戦士信仰にある。良くも悪くも、みんなと一緒でいたい、いなくてはいけないという思い込み。自分がどうしたいかではなく、用意された「働き方」になんとなく乗っかっていればいいという習い性にある。企業戦士以外の選択肢、周りとは違うキャリアを、「それもまた一つの働き方」として認識できない頭の硬さ、他の道へ踏み出そうとしない行動力の欠如こそが、最も根深い問題なのである。

 先に挙げた香港の友人たちの話で言えば、ポイントは「だから日本の会社も改革をして世界水準に合わせましょう」ということではない。全然違う。友人たちがそれぞれの意思で「だから私は、日本の会社では働かない」と判断を下し、勤め先をさっさと辞めて別の道へ進んだところに、この話のポイントはある。そして今、日本に一番必要なのは、合わないものには見切りをつけて、別の道を模索する、という姿勢ではないかと思うのだ。困った、参ったと嘆きながら、いつまでも同じ場所に留(とど)まっているのではなくて……。

 香港の友人たちや先に挙げた候補者たちのように「嘆くことをやめた人」は他にもいるし、その数は増えつつある。例えば「N女」もそうだ。

N女から見えた社会の問題

 2014年から2016年ごろにかけて、私は「N女」と呼ばれる人たちを取材した。N女とは、NPOなどのソーシャルセクターで働く女性たちを指す造語である。取材したのは、26歳から39歳までの大卒の女性11人。

 私が取り上げたN女たちは、学歴や職歴が非常に高く、前職は大手企業や行政機関と見栄えもよく、給与などの待遇面でも恵まれていたという人が多い。それでも彼女たちは、待遇面では劣るソーシャルセクターへの転職を決めた。有名企業の名刺を手放し、ほぼ約束された未来を手放し、人によっては給料を半分以下に減らしてまで、彼女たちは転職を選んだ。

 なぜそんなことをしたのか? 一体何があったのか?――その答えを紐解(ひもと)いていくと、女性たちが直面してきたサラリーマン社会の問題が少しずつ浮かび上がってきた。

 日本の企業戦士信仰は高度経済成長期にその原型が作られた。男性が外でがむしゃらに働き、そんな企業戦士の夫を専業主婦の妻が支える。家計は夫が支え、家庭は妻が切り盛りするという当時の生活スタイルに合わせてサラリーマンという労働モデルが作られた。

 夫の雇用を安定させるための終身雇用。妻が一切の家事育児を担うことを条件とした長時間労働や、退社後や休みの日の付き合い。それから、力関係や敵味方をはっきりさせることを好む男性ならではの縦割りの組織。これらをデフォルトとし、そこに改良を加えながら、やりくりしてきたのが日本のサラリーマンというモデルだった。

 だから、そこへ女性たちが進出しても、すんなりと順応するのは難しく、共働き家庭や独身の男性たちの中にも、窮屈さを感じる人たちが出てきた。そこでN女のような、窮屈さを我慢したり小手先の改良で乗り切ろうとしたりするのではなく、見切りをつけるという動きが新たに出てきたのである。

 分かりやすかったのは、ジェンダー問題にも詳しく、現在はNPOサポートセンターで働く杉原志保さんの説明だった。市役所調査員や財団での勤務を経て、NPOをサポートする団体へと転職した杉原さんは、NPOに注目した理由の一つを次のように語る。

 「今でも女性たちは、男性中心の企業構造の中で踏ん張り続けています。でも、ライフイベントに合わせて柔軟に働ける、自分らしく働ける職場環境、もう一つ別の路線があってもいいのではないかと思うんです」

 結婚、出産、伴侶の転勤など、女性はライフイベントの影響を受けやすく、 ・・・続きを読む
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筆者

中村安希

中村安希(なかむら・あき) ノンフィクション作家

1979年、京都府生まれ。カリフォルニア大学アーバイン校芸術学部卒。日米で社会人生活をへて、世界47カ国を回る取材旅行に出かける。それをもとに書いた『インパラの朝』(集英社)で開高健ノンフィクション賞を受賞。他の著書に『Beフラット』(亜紀書房)、『N女の研究』(フィルムアート社)など。