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たかが東京マラソン、されど……

辰濃哲郎

辰濃哲郎 ノンフィクション作家

2009年の第3回東京マラソンで、招待選手らのゴールを終えた後、テレビのインタビューに応じた大会会長でもある石原慎太郎東京都知事の言葉だ。

 「エリートランナーの走りなんてたいしたことはねえんだよ。これから、これからなんだよ。ギリギリの時間でフィニッシュした人たちの喜びっていうのはね、人生の達成感と言うのかな、涙を流して。あれは本当に、もらい泣きするねえ」

 私は都知事選で石原氏に投票したことはないが、この言葉には心を動かされた。エリートランナーではない、名もなき市民ランナーにスポットを当てたという点で、東京マラソンが、いまのランニングブームの火付け役だったことは間違いない。

 私がランニングを始めたのは十数年前のことだから、ブームよりだいぶ前のことになる。

 学生時代に体育会の野球部に所属していたものの、就職してからは20年近く、まったく運動をしていない。腹の周りの脂肪も厚みを増し、往年の締まった肉体は、見る影もない。駅の階段では息切れがするし、道を急ごうにも、100メートルも満足に走れない。

 スポーツクラブに通い始め、かつてはブロイラーのようだと蔑んでいたランニングマシンで、ゆっくり走る。初めは20分ほどだったが、やがて30分、1時間とマシンの上で週に1、2回の運動を続けた。時速7~9キロのゆっくりのペースだが、走りながら頭の中で妄想が広がる。自分が日本代表としてフルマラソンを走っている姿だ。スタジアムに入った最後の直線コースで、前を行く外国人選手を抜き去る。その妄想が高じ、ついにフルマラソンを夢見るようになる。

 無謀にも、地上をほとんど走らないまま、沖縄県で開かれた「NAHAマラソン」に出場したのは10年ほど前だった。33キロ地点で足が動かなくなり、途中で棄権した。棄権者を収容してスタート地点まで送るバス内は、それこそお通夜だった。誰も口を開かない。もの音ひとつしない静けさが、完走できなかった負い目、落胆、そして自分自身への情けなさを象徴していた。競技場に戻ると、周囲には完走記念のメダルを首からぶらさげたランナーたちが、満足そうな表情を浮かべながら仲間と談笑している。よけい惨めな思いがこみあげてくる。

 ここで完走していたとしたら、私はマラソンを続けていなかったかもしれない。その後、地上を走る練習を重ね、翌年のNAHAマラソンを制限時間内で完走した。5時間30分ほどだったと記憶している。東京マラソンも第1回と、第3回の計2回出場したが、いずれも5時間30分ほどだった。

 人には向き不向きがある。マラソンを走る素質のある人は、走り始めたらどんどんタイムが縮まっていく。だが、私はいくら走っても5時間半が相場だ。1キロ当たり8分かけて走る計算だ。8分といえば、早足で歩くスピードより、やや早い程度のスローペースになる。どうやら私は、「不向き」の体質らしい。

 それでも、なぜ走り続けているのだろう。

 走る理由は、 ・・・続きを読む
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筆者

辰濃哲郎

辰濃哲郎(たつの・てつろう) ノンフィクション作家

ノンフィクション作家。1957年生まれ。慶応大卒業後、朝日新聞社会部記者として事件や医療問題を手掛けた。2004年に退社。日本医師会の内幕を描いた『歪んだ権威』や、東日本大震災の被災地で計2か月取材した『「脇役」たちがつないだ震災医療』を出版。

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