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疑問だらけのマイナンバー

川本裕司 朝日新聞記者

 今国会で成立しなかったマイナンバー(共通番号)法案は、数多くの問題点を抱え疑問だらけだった。消費税増税で逆進性によって負担感が強い低所得者への対策として共通番号制度を喧伝してきた政府の主張を一皮めくると、過剰PRとコスト無視、総務省外郭団体の“焼け太り”というお手盛りぶりが浮かび上がってくる。民主、自民、公明3党の消費増税法案の修正合意で、低所得者向けの対策がマイナンバー導入の根拠となっていた給付つき税額控除か軽減税率かがあいまいにもなっている。通常国会でマイナンバー法案は審議されずに終わったが、民主、自民、公明の実務者間では法案修正で大筋合意に達しており、10月開会とも見込まれる臨時国会で成立する可能性がある。

 政府・与党社会保障改革検討本部が共通番号制度の広報機関として設けた番号制度創設推進本部は、マイナンバーの最大の効果について、「より正確な所得把握が可能となり、社会保障や税の給付と負担の公平化が図られる」とうたっている。国税・地方税の徴収事務にマイナンバーを活用することで、効率的な名寄せ・突合(マッチング)が可能になるという。

 国民全員にICカードを配布し、カードリーダーを用いてセキュリティー性の高い方式を打ち出していた。

 番号制度創設推進本部が長崎市で6月に開いたマイナンバーシンポジウムで、中村秀一・内閣官房社会保障改革担当室長は「本当に手を差しのべるべき低所得者を見つけることができる」と力説した。

 政府・民主党は低所得者の負担軽減策として、所得税が少ない人やゼロの人には給付金を渡す「給付つき税額控除」を導入する方針。そのためには共通番号を利用して正確な所得の把握が必要、という理屈を立てている。

 ところが、すべての取引や所得、海外資産の把握が困難なことは、共通番号を担当する内閣府自身が認めている。共通番号ができれば防げる不正受給の例として、内閣府は「たとえば別の場所に住む兄弟が親の扶養控除をそれぞれ申請した場合は二重給付を防げるようになる」と述べる。しかし、実際に同じような二重申請がどれほどあるかはわかっていないから、具体的な節減額も示さないでいる。

 もともと、共通番号制については、日本弁護士連合会が「共通番号をキーにしていろいろな個人データを集めれば、特定の個人の生活上、趣味・嗜好、性格などを分析できる。なりすましによる深刻な被害も発生するようになる。第三者機関でもチェックは期待できない」と、プライバシー侵害の危険性を指摘し、反対を表明してきた。

 財界からも批判の声が出ている。今年3月、経済同友会の国家情報基盤改革委員会は「最適な全体設計がされないままシステムが作られれば、複雑で高コスト、さらには機能しないインフラとなる懸念がある。本人確認のインフラをどう作るべきかを官民で目的を合わせるところから始めるべき。ICカードを国民全員に配布する必要性が本当にあるのかはその後で検討すべきだ」と批判した。委員長をつとめたシステムコンサルティング会社フューチャーアーキテクトの金丸恭文社長は「制度自体そのものは先進国として必須であるが、真に国民の利益を追求したものであることが大前提」としたうえで、7月、「全体設計がなく、システムの行方を懸念している」と語った。

 野村総合研究所DIソリューション事業部の八木晃二部長は「番号制度の目的を明確化、細分化して、制度設計、法案設計を最小コストでやるべき。共通番号のうちとりあえず優先すべき税番号なら、高額のICカードでなく紙かプラスチックカードで十分。巨大なシステムをつくる必要もない。マイナンバー法による税収増加額は公表されておらず、このままでは費用対効果も確認できない」と言っている。

 内閣官房の情報セキュリティ補佐官だった山口英・奈良先端科学技術大学院大教授(情報科学)は「制度全体で数兆円ですむかどうかもわからない」と分析する。

 国民に負担を強いる消費税増税の一方で、マイナンバー導入には大盤振る舞いの様相だ。マイナンバーのICカードの発行にはいくらかかるのか。住民基本台帳カードを担当する総務省住民制度課は「各自治体ごとに交付する住基カードは、1枚で平均2000円弱」と言っている。顔写真をつけるマイナンバーのICカードについては発注枚数が固まっていないのでコスト算出は難しいが、関係者に見通しを聞くと、1枚数百円~2000円程度のようだ。

 マイナンバーについては出来上がってからの運用についても疑問の声が出ている。

 マイナンバーの運用は、住基ネットを運用している総務省が所管する財団法人である「地方自治情報センター」が「自治体通信衛星機構」の一部を来春に統合して発足する予定の地方共同法人「地方公共団体情報システム機構」が手がけることになっている。地方自治体情報センターは民主党政権による2010年の事業仕分けで「官庁OB再就職の自粛」「役員報酬の見直し」「調達を改善してコスト削減を図る」と見直しを求められていた。センターでは仕分け後、調達の競争原理を働かせるため委員会を設けて見直し随意契約を減らすとともに、理事長報酬を引き下げた。

 自治体通信衛星機構のうち移管されるのは、国税の電子申告(e-Tax)など電子証明書の本人確認をするための「公的個人認証サービス」の業務。今年3月末で発行枚数が219万枚(累計)の住基カードの普及率が5.1%(人口比)と低いことから、電子証明書の交付は昨年度で35万件と伸び悩んでいる。収入源の発行手数料(1枚500円)は低迷、2億円弱にとどまっている。サービスに必要なシステムの年間運用費18~19億円の不足分は、各都道府県からの交付金で赤字を補ってきた。このため、学識関係者からは「マイナンバー導入で、公的認証サービスの運用費をひねり出そうとしているのではないか」と疑念の声が上がっている。

 これに対し、財団法人から地方共同法人に格上げされる形にもなっている統合の理由について、総務省住民制度課は「業務の親和性がある」と説明する。

 しかし、民主党の社会保障と税の一体改革調査会でシステム調査小委員長をつとめる三村和也衆院議員は「総務省は省益拡大に一生懸命になっている」と見る。同党社会保障・税番号検討WT事務局長代行の岸本周平衆院議員は「昨年の途中まで党としてマイナンバーの問題は放置されていたが、いまは問題点を把握し、政府の法案を修正させた。また、自民、公明、民主の三党間の実務者協議が次の臨時国会で行われるので、その中でも最善の見直しを進めたい」と言っている。

 自民党総務部会長の平井卓也衆院議員が6月にあった衆院・税と社会保障の一体改革に関する特別委員会で主張した「政府内での最高情報責任者(CIO)設置」は、マイナンバーのシステム開発や投資を監視する狙いも込められ、与野党で必要との認識が広がっている。

 自治体情報政策研究所(大阪府松原市)の黒田充代表は「IT関連の事業費は多額の固定費がかかっているのに、人件費やダムなどの公共事業と違って、自治体自身も議員も切り込もうとしない。個人情報を集めるマイナンバーは問題点が多いのに、住民も自治体職員も関心が低い」と、世論が盛り上がらない背景を指摘

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