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ライブ映像解禁に見る、闘士・山下達郎

倉沢鉄也

倉沢鉄也 日鉄総研研究主幹

 デビューして37年間、一貫して音作りの職人を標榜し、テレビ出演をデビュー初期から拒否、ライブ映像作品を一度もリリースしたことがなく、YouTubeやニコニコ動画をいくら探っても「動く彼」を見ることができなかった国民的歌手が、ついにライブ映像をシアターライブ上映という形で1週間限定で一般公開した。

 封切り2日間の興行成績はミニシアター(上映劇場30館以内)部門で1位(興業通信社発表)を獲得、2度にわたる追加上映、平日日中の回でもほぼ満員、上映終了後に拍手が起きる回も出現し、シネコン(大規模映画館)でも興奮冷めやらぬ中高年層の行列は、異様な雰囲気を作り出している。本人の舞台挨拶もサプライズ出演もない。

 この作品のDVDは間違いなく発売されない。それは映画好きの彼が近年に至り高度化してきたシネコンの音響システムに着目し、ライブ音源を映画場向けの最適の音質に自ら再構成(リマスタリング)して、ようやく公開に値すると判断したからだ。すでに昨年、新作のアルバム購入者への特典として限定招待でこのシアターライブを「試行」しており、この成功を自ら感じ取って、今回の一般公開に至った。

 彼自身の反省・活用のためだけに記録してあった映像素材は、派手さはないが演奏・歌唱の高度な技術や調和を味わうには十分だ。彼はライブ(コンサート)において音響豊かな中小規模のコンサートホールのみを選び、ライブ会場での映像の演出も一切せず、楽曲の雰囲気を最大限引き出すセットや照明を、自ら具体的に指示を出して作ってきた。この舞台をシンプルに映し出した映像は、本人や各演奏者をアップで映し出すという、これまでのライブ会場でも味わえなかった付加価値をつけて構成されている。1984年から2012年までの29年間のライブ演奏15曲92分の圧倒的な臨場感は、彼とともに音楽シーンを過ごしてきた中高年層の「彼を聞きに来た、動く彼を見た、彼は時代に勝った」という感動とともに、その高音質と歌唱・演奏技術への高い評価を、ネット上のブログ等を浅く探るだけでも数多く見ることができる。

 作品の名は、「山下達郎 シアター・ライヴ PERFORMANCE 1984-2012」。37年もの間、職人気質とビジネスマインドの両面から、露出メディアと戦い、苦しんできた孤高のシンガー・ソングライターである。

 学生時代の洗練された自主制作レコードの配布がデビューのきっかけになった。70年代のブレイク前は予算の制約から演奏者に高い技術を求めない作品をあえて作った。食いつなぐための数多くの受託CM音楽の中に技術実験をふんだんに詰め込み、それがブレイク後に世間を魅了する編曲技術(たとえば「クリスマス・イブ」の間奏、「パッフェルベルのカノン」を引用した一人多重合唱)に活かされた。1980年「RIDE ON TIME」ヒットによるブレイク後も、満足いく演奏表現の許されないテレビ出演を拒み、すべての観客に高音質を提供できない大規模会場(球場や日本武道館)を拒み、実質的な個人事務所を運営して、派手な商業的成功の機会に背を向けた。「DOWN TOWN」(1975年)、「クリスマス・イブ」(1983年)、「希望という名の光」(2010年)などの曲が自分の当初の意図と違う形でスタンダードナンバーとなっていくことへの心の葛藤を、ことあるごとに述べてきた。

 彼の孤高ともいえる制作・演奏へのこだわりが、商業的成功との危うい均衡の上で成り立っていることの自覚も、彼は自身のラジオ番組や雑誌のインタビューを通じて、ひどく饒舌に述べる。実績に基づいて一定の成功を予見してもらえるから職人的な取り組み方も許される(たとえば90年代、カバー曲の企画盤やベストアルバム、妻・竹内まりやの作品などに手をかけすぎて、自身のオリジナルアルバムが7年間途絶えた)こと、その実績は運との巡り合いであり、その運をつかむために品質に絶対に手を抜かないこと、はとくに強調する傾向にある。無名時代のデビューアルバム(当時1万枚程度の売上、しかも発売直後にレコード会社が倒産)を、20年以上たった1994年に復刻販売したところ数十倍の売上を実現したこと、1983年のアルバムの片隅に発表された「地味」だが「完璧」(本人談)な曲が、5年後にJR東海のCMで使われてヒットチャートの1位となり、その後26年間(更新中)連続でトップ100位入り、80年代発売のシングルで累積販売枚数1位となったこと、はその典型例だ。

 メディア技術の進化に対しても彼は苦しんできた。80年代、デジタル録音技術の誕生とその成長期の中途半端な音質、そしてCDの出現に対して、録音と演奏の両面からどう取り組むかを試行錯誤し、

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