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番犬役を放棄 “誤報”を容認したBPO

水島宏明

水島宏明 ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授

 10月12日午後、BPO「放送倫理・番組向上機構」の放送倫理検証委員会は、重大な決定を下した。私を含め、生活保護制度やその運用の実態に詳しい研究者や実務家らが「放送倫理違反ではないか」と指摘し、「審議してほしい」と要請していた民放テレビ各局の『生活保護バッシング報道』について「不審議」という結論を出したのだ。各局の「編集権の範囲」というのが理由だ。

 BPOはテレビ報道のお目付役であり、視聴者のための番犬のはずだ。報道被害などの人権侵害を繰り返さないため日本民間放送連盟(民放連)とNHKが監視役として自主的に作った第三者機関だ。それが当てにならず、現状を追認するだけの「御用機関」に過ぎないことが露呈した。

 私たちが問題だと指摘したテレビ報道には、明らかな誤報やウラ付けがない根拠不明の情報、顔写真を本人の了解を取らずに放送したケースなど、通常、報道の世界で「やってはならない取材・報道」に該当する事案が多数含まれている。それが「編集権の範囲」であるならば、テレビ報道は今後、誤報でもウラ付けを取らない報道でも容認され、事実上「何でもあり」になってしまう。現に今やそういう状況を呈し始めているが、BPOはこの結論を出したことで自ら番犬としての責任を放棄し、その権威を決定的におとしめてしまった。

 経緯を振り返ると、「生活保護バッシング報道」の発端となったのは、お笑い芸人、河本準一さんの母親が生活保護を受けていたという問題だ。

 母親を扶養するだけの収入があるはずだと週刊誌などが騒ぎ立て、河本さん本人が記者会見した5月25日の前後から6月にかけてテレビで集中的に報じられた。そのなかには、今回のケースには当てはまらないのを知りながら、あえて「不正受給」という言葉を使うなど、生活保護についてのイメージを意図的に誤解させるような報道や不正受給増加のイメージを強調するためにデータを曲げた報道などが多数見られ、「あまりにひどい」と生活保護制度を専門にする研究者や法律家、生活困窮者を支援する活動家らの間で問題視されていた。

 9月5日、私は弁護士らとBPOを訪れ、問題報道のDVDを添付して審議入りを求める要請書を提出した。対象は5月から6月にかけて放送されたテレビ朝日、TBSなどの民放テレビの報道番組とワイドショー6番組8放送だ。弁護士らと番組を繰り返し視聴し、日本民間放送連盟の放送基準やNHKと民放連が作った放送倫理基本綱領の条文と照らして問題と判断されるものを抽出し、個々の箇所についての該当条文も明記した。

 このテーマを理解するには生活保護法に関する若干の知識が必要だが、まず河本準一さんのケースは現行法上「不正受給」に該当しない。不正受給とは、無収入・無資産と偽ったが収入や貯金などを隠していたケース、離婚した母子家庭だと申告しながら実は形だけの離婚だったケースなど、明確な法律違反の場合で詐欺罪でも立件されうる犯罪的行為だ。

 河本さんの場合、資力のある息子が扶養義務を果たすべきではないかという問題だが、生活保護法上、扶養義務は「要件」ではなく「優先」に過ぎない。資力があるのに扶養しなくても法律違反ではなく不正受給には該当しない。扶養は家族ごとに事情があり、虐待やDVなどの可能性もあり、核家族化が進む現状に合わず強制できないからだ。不正受給の定義に明らかに該当しないのに「不正受給疑惑」と称するのは、殺人犯になりえない人を「殺人疑惑」と呼ぶに等しい名誉棄損行為だ。

 指摘した番組の事例のうち代表的なものだけ例示する。テレビ朝日の「ワイド!スクランブル」。5月25日に河本さんのケースをまさに「不正受給疑惑」という言葉で報道した。

 「疑惑」という言葉をつけ、断定さえしなければ良いといわんばかりの姿勢だ。5月28日には

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