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事実の範囲を限定的に示す姿勢が必要だ

武田徹

武田徹 評論家

 iPS細胞を利用した心筋移植手術が行われて既に成功していた――。そんな記事が読売新聞の一面を飾ったのは10月11日。折しも日本全国が山中伸弥教授のノーベル賞受賞に湧く中での報道であり、大きな注目を集めた。

 しかし、その後、報道内容に疑問が生じ始め、。やがて読売新聞(と後追いで臨床応用成功を報じた共同通信など)が誤報の可能性が高いと認め、陳謝するに至った。

 かくして週刊誌やネットには詐話師のような研究者に呆気なく騙されたマスメディアの不甲斐なさへの中傷や嘲笑が溢れた。同じ研究者から情報提供を受けつつも、臨床応用に暫定的な許可を出したとされていたハーバード大学や、治療が行われたとされるマサチューセッツ総合病院に追加取材をして報道を見送っていたメディアとの差は歴然としている。

○速報性への要請と裏取りのバランス

 しかし結果として明暗が分かれたとはいえ、事件後、裏を取らずに報道することを戒める論法だけが氾濫した単調さも気になっている。というのも、その論理のみを一般論としてしまうと、実は報道組織は自分たちの首を締めかねない。

 単にライバル社とのスクープ競争に勝つためというメディア組織間の事情からではなく、いち早い情報提供が読者や視聴者の利益になるケースでは、裏が確かに取れるまで報じない姿勢でむしろ利益を失うこともあるだろう。津波の速報が典型的な例で、襲来前に情報提供できれば多くのひとに大きな利益がもたらされる。そんな場合は、たとえば沖合の船舶からの目撃第一報を信頼し、関係省庁へ確認手続きを省くようなことも非常時にはあり得よう。

 そして裏が取ることと事実が確認できることとは、一部で重なりつつずれてもいる。確かに裏とりの結果多くの傍証が得られ、それらが報道内容を支えていれば一般的には真実相当性は高まったと考えられる。だが時には例外もある。旧聞に属するが、松本サリン事件の発生後に関係者に証言を聞けば聞くほど河野義行さんの容疑は色濃くなっていっただろう。多くの人が誤った認識を共有することもありえるのだ。今回のiPS細胞臨床応用のケースでも、筆者は日米がiPS細胞利用技術開発で激しく競っているのを知っていたので、当初、米国の医療機関が否定的コメントを寄せたと聞いて、成功を認めにくい事情があるのかもと疑った。それは誤解だったようだが、裏を取って聞かれた証言についても更に裏を取る必要が生じる場合もあろう。

○事実の領域設定を確実にすること

 このように、裏を取ることが報道を行う絶対的な必要条件ではないし、裏が取れたからといって真実が盤石となるとも言えない。そんな事情まで踏まえて、どうすれば「誤報」は避けられるのか。

 今回のケースにおける最大の問題は ・・・続きを読む
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筆者

武田徹

武田徹(たけだ・とおる) 評論家

評論家。1958年生まれ。国際基督教大大学院比較文化専攻博士課程修了。ジャーナリストとして活動し、東大先端科学技術研究センター特任教授、恵泉女学園大人文学部教授を経て、17年4月から専修大文学部人文ジャーナリズム学科教授。専門はメディア社会論、共同体論、産業社会論。著書に『偽満州国論』、『流行人類学クロニクル』(サントリー学芸賞)、『「核」論――鉄腕アトムと原発事故のあいだ』『戦争報道』、『NHK問題』など。

 

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