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日本シリーズの巨人優勝で、球界改革の後退は必至!

大坪正則 大坪正則(帝京大学経済学部経営学科教授)

 今年の読売ジャイアンツ(巨人)は強かった。シーズンの中盤からペナントレースを独走し、クライマックス・シリーズでは思わぬ足踏みがあったものの、日本シリーズでの戦いは選手たちが額面通り力を発揮して北海道日本ハムファイターズを力でねじ伏せた感があった。

 それもそのはず、日本シリーズに登録された巨人と日ハムの選手たちを1対1で比較すれば、戦力の差は歴然としていた。

 唯一の例外は日ハムの外野手3人の守備力だったが、打撃力と投手力では巨人が断然優っていたので、素人目にも今回の結果は7割方、予測できた。学生に聞いてみたら、巨人優勝を予想していたとの回答が8割だった。読者の予想も似たり寄ったりだったに違いない。

拡大球界改革をしないと、毎年こんなシーンばかりが見られるかもしれない

 世の中、「勝てば官軍」と言われる。巨人が頂点に立ったので、巨人とそれを支えた読売新聞は公然と「巨人の優勝は営業努力の賜」と口にできる。

 反対に、新人選手への契約金超過払いに対する疑惑や逆指名もどきのドラフトでの選手指名など、スキャンダルめいた行動についての巨人批判は影をひそめることになるだろう。

 当然、巨人は連覇達成のために営業努力と称してより一層金の力で戦力強化を進めるに違いない。プロ野球は優勝を争うスポーツだから、優勝は「錦の御旗」。巨人優勝で球界の改革がさらに後退することは間違いない。

 サッカー界では1904年に国際サッカー連盟(FIFA)が設立された。1896年の第1回オリンピックアテネ大会の成功に刺激を受けた欧州の主なサッカー協会代表がフランスのパリに集まって、サッカー世界一の大会を開くことを目的に国際組織の創立に動いた。その時できたのがFIFAなのだ。

 しかし、FIFAが誕生しても世界大会(ワールドカップ、W杯)はすぐに実現できなかった。サッカー発祥の地で、かつアマチュアリズム発祥の地でもあるイングランドが反対したからだ。イングランドでは1888年に世界で初めてサッカーのプロリーグが創設されてプロとアマチュアを区別できた。一方、イングランドを除く各国のサッカー界はプロとアマが混在していた。FIFAもまた、サッカー界のプロとアマの峻別に積極的ではなかった。

 かかる環境下で、1908年のロンドン大会からサッカーがオリンピックの正式種目になった。その時、イングランドが優勝した。続く1912年のストックホルム大会でもイングランドが優勝した。

 こうなれば、一協会に過ぎないけれども、イングランドが「Yes」と言わない限り、FIFA加盟国が世界一を決める大会の開催を提案しても実現できなくなった。なぜなら、アマチュアで構成された代表チームが当時唯一の世界大会であるオリンピックで優勝したのだから世界一は揺るがない、というイングランドの主張にどの国も反論できなかったからだ。

 このように、イングランドの存在がW杯開催の最大の障害になってしまったので、イングランドがFIFAを脱退している間隙を縫ってはじめて、1930年にようやくW杯実現にこぎ着けたのだ。

 以上のことも含めて勘案すると、以下のようなことが容易に想像できる。

 今後の球界は、 ・・・続きを読む
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筆者

大坪正則

大坪正則(おおつぼ・まさのり) 大坪正則(帝京大学経済学部経営学科教授)

1947年生まれ。1970年、伊藤忠商事に入社。1981~85年まで、アメリカのニューヨークとデンバーに駐在。情報通信総合企画室などを経て 1986年、NBAプロジェクトマネジャーに。現在、帝京大学経済学部経営学科教授。専門はスポーツ経営学。著書に『パ・リーグがプロ野球を変える』『スポーツと国力』(以上、朝日新書)、『プロ野球は崩壊する!』(朝日新聞社)、『メジャー野球の経営学』(集英社新書)など。2014年3月4日、死去。

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