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[3]アオコ毒は蓄積するか

永尾俊彦 ルポライター

 2012年10月2日、長崎県議会の農水経済委員会の委員10人が調整池を視察、山田博司委員長は「思ったより水質は改善されている」「諫早湾干拓の農業者も調整池の農業用水を使っていただき、頑張ってほしい」と述べた。

 また、4日には同委員会が開かれ、アオコ問題で質疑が行われた。その委員会で、長崎県は「アオコを含んだ農業用水の作物の生育及び収量に及ぼす影響」の概要と題する県総合農林試験場・県農林部の文書を配布した。

拡大諫早湾干拓調整池の「集積域」のアオコ。しかし、ここを測定すれば濃度は高くなるに決まっている=撮影・筆者

 内容は、アオコが高濃度で発生している水を使ってハクサイとバレイショを育て、ミクロシスチンを計測したが「作物及び土壌からはミクロシスチンは検出されなかった」とし、「安全性について危惧するレベルではない」というものだ。

 この文書には、末尾に(参考)として、福島大学の稲森悠平教授(環境システムマネジメント)の見解が載っている。稲森教授は、諫早湾干拓調整池等水質委員会や同水質検討委員会の委員を歴任し、中国など国内外のアオコ問題に詳しい。稲森教授の見解は、「自然界等ではミクロシスチン分解菌という細菌により効果的に分解されることもわかってきております」というものだ。

 これに対して、熊本保健科学大学の高橋徹教授(海洋生態学)は「『分解菌がいるから大丈夫』というだけで安全なら、環境中のほとんどの有毒化学物質は何ら問題ないことになります。問題は分解速度です。毒素の分解速度が生産速度より速ければ、世の中に毒素はほとんど存在しなくなるし、逆であれば蓄積します」と指摘した。

 しかし、稲森教授は「私は、国際湖沼や霞ヶ浦で30年以上もアオコ毒などの研究をしてきました。春から夏に発生したアオコは秋には分解菌などに食べられて消えていく。食べられなかったアオコが種となって底に沈み、春になると体内の一種の『浮き袋』で浮上し、光合成を行って増殖します。つまり循環しているのです。実験は実際はしていないが、今までの私の学術的経験と集積データからすると高橋教授が言うようにミクロシスチンが『蓄積して累積』することはありえない」と反論した。

 だが、高橋教授は「私は実際に調査し、蓄積していることを示すデータを持っています。私も分解は速いと予想していましたが、実際に測ってみると違うのです。こうした問題では、既知の理論ではなく、現場のデータと向き合うことが重要です」と述べた。

■なぜ調整池だけを叩くのか

 また、先の県総合農林試験場・県農林部の文書の(参考)には、稲森教授の「アオコの発生した湖沼水、池水を農業用水として利用している地域は(中略)極めて多く存在することが明らかになっております」という見解も記されている。

 そして、稲森教授は、「中国の太湖(江鮮省)などの湖沼や霞ヶ浦、児島湖、諏訪湖などのミクロシスチン濃度は調整池の比ではなくケタ違い。それでも霞ヶ浦など国内の湖沼流域では農作物や健康の被害は報告されていない。私は調整池のアオコ含有水のミクロシスチン濃度を基本に実際にナス、ネギ、コマツナなどを試験栽培しているが、全く被害が起こらないレベルです。総合的な比較解析評価をすべきです。高橋教授はなぜ濃度の低い調整池だけをとりあげてことさら叩くのか環境学者として理解に苦しみます」と批判した。

 これに対して、高橋教授は「調整池がやむをえない事情でできたものならともかく、アオコを発生させているチッソやリンなどは本来は『有明海の子宮』と漁民が呼んでいた豊かな諫早湾を育んできたもので、それが今は全く逆の結果をもたらしているので、私は調整池をことさら問題にするのです」と答えた。    

 高橋教授の共同研究者である熊本県立大学の堤裕昭教授(環境生態学)は、中国の太湖の地元の保健所にあたる役所が測定した太湖のデータをネットで見つけた。それ(2007年の論文)によれば、7月のミクロシスチン平均含有量は9874.8pg/ミリリットル(pgはピコグラ)だった。1pgは100万μgなので、9.8748μg/リットルということになる。両教授が計測している調整池ではこの程度の濃度はこれまで何回も計測されている。そして、連載(2)で紹介したようにこれまでの最高は120μg/リットルだ。

 だが、長崎県は、農水省九州農政局が稲森教授の中国の太湖や霞ヶ浦などのデータに同省諫早湾干拓事務所が計測した調整池のミクロシスチンLRの濃度を付加して作成した棒グラフをもとに、「アオコは国内外で広く発生しており、調整池だけが特別ではない」と県のホームページなどで宣伝している(http://www.pref.nagasaki.jp/isakan/ugoki/pdf/kaimoneikyou2012.pdf 19ページ)。

 それを見ると、確かに太湖や霞ヶ浦などのミクロシスチンLRは「ケタ違い」に見える。 

 だが、棒グラフ下の小さい文字で記された注釈には太湖や霞ヶ浦などはアオコの集積域(アオコが風で吹き寄せられた場所)における測定値とある。

拡大地域ぐるみで調整池の浄化対策をやっている一例。しかし、効果はあがっていない=撮影・筆者

 他方、諫早湾干拓事務所が調査した調整池は、九州農政局に確認すると「集積域」ではなく、水深50cmにおける測定だった。一方は「集積域」だから当然濃度は高くなり、他方は「集積域」ではなく、しかもアオコが浮いている表層ではなく、水深50cmでの測定だ。

 これは「調整池は安全だとの誤解を与えるのではないか」と長崎県の諫早湾干拓課に質した。だが、「作成したのは九州農政局だが、『注』をつけているので特に問題があるとは考えていない」との答えだった。

 しかし、この点について稲森教授は ・・・続きを読む
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筆者

永尾俊彦

永尾俊彦(ながお・としひこ) ルポライター

1957年、東京都生まれ。毎日新聞記者を経てルポライター。1997年の諫早湾の閉め切りから諫早湾干拓事業を継続的に取材。主な著書に『干潟の民主主義――三番瀬、吉野川、そして諌早』(現代書館)、『ルポ 諫早の叫び――よみがえれ干潟ともやいの心』(岩波書店)、『公共事業は変われるか――千葉県三番瀬円卓・再生会議を追って』(岩波ブックレット)など。