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[9]GPファイナルリポート(下)

覚悟の末の言葉

青嶋ひろの フリーライター

 「優勝できるかどうかは、もう二の次です。とにかくショートのこの悔しい状態から、どれだけフリーで、自分を引っ張りあげられるか? ショートが苦手な自分にとっては、今までずっとやってきたことです。だから、楽しんで試合できると思う」

 そんな頼もしい発言とともに臨んだ、翌日のフリー。「楽しんでできる」という本人だけでなく、見ているこちらも大いに楽しめる試合展開だった。

 まず、トロントでのトレーニングメイト、ハビエル・フェルナンデス(スペイン、SP5位)が、フリーで3度の4回転を成功させ、圧倒的な技術点を奪取(95.93点。今季グランプリシリーズでの最高点。次点はフェルナンデス自身がスケートカナダで出した85.15)。一気に試合の行方を、面白くしてくれる。

 さあ大変、ショートで7点差をつけているとはいえ、しっかり跳ばなければ厳しい状況になった。スケートアメリカのような演技では、パトリック・チャンや高橋大輔に追いつくどころか、ハビエルにも勝てないぞ……。

 そんな空気の中でまず彼が跳んだのは、素晴らしい高さの4回転トウループ! このジャンプは、今大会全カテゴリーの全試合で採点された全てのエレメンツの中で最高となった、GOE(出来栄え点)+2.71を叩きだす。9人中6人のジャッジが+3、3人のジャッジが+2をつけるほど、素晴らしい軽やかさと高さだったのだ。ジャンプで+2.71――この数字は、11月のロシア杯でパトリック・チャンの4回転が獲得した+2.71に並ぶ、驚異的な高さだ。

 「あのひょろひょろの身体で、なぜあんなジャンプが跳べるんだ!」

 そんな声も上がったが、「もう自分の中で確立されている」羽生結弦の4回転トウループは、ほとんど力を使っていない。むしろテイクオフの瞬間、余計な力が入りがちな肩の力をごく自然にふっと抜いてから跳び上がっている。この4回転を見て、4年前、彼が初めてトリプルアクセルを手中にしたころの言葉を思い出した。

羽生結弦のフリーの演技

 「トリプルアクセルは、真央ちゃんのアクセルを見てたら、何となくコツをつかんだんです。『あれ、力ってそんなにいらないんだなあ』って」

 そんな「気づき」の積み重ねを、彼はいくつもいくつも繰り返してきた。様々な選手から、様々な場面で跳躍のコツを盗み、今日のこの4回転を手に入れたのだろう。

 その後の4回転サルコウが2回転になったのは残念だったが、そこから先はほぼノーミス。トリプルは得点の高いアクセル2回、ルッツ2回、コンビネーションジャンプも制限回数いっぱいまで跳び、余裕のあるダブルトウループのコンビネーションでは両手を上げるなど、隙のない点数の取り方で、見事にフリー2位。ショートで差をつけられた高橋大輔には及ばなかったものの、初めて現世界王者のパトリック・チャンの上を行くという、十分すぎるほどの成績を残してくれた。

 「パトリックに勝った? 本音を言えば……実感がわかないです。2位ですから、勝った気なんてしないですよ!」

 前2戦に比べれば、残念だったショートプログラム。

 本人の不満はさておき、十分すぎるほど高評価を得たフリープログラム。

 対照的な2日間だったように見えるが、実は見方を変えれば、ショートとフリーでよく似た形の成長を、羽生結弦は見せていた。

 ショートに続きフリーの「ノートルダム・ド・パリ」でも、彼は至極落ち着いていたのだ。4分半の演技全体をコントロールすることで、これまでの迸(ほとばし)る情熱とはまた違う、音楽と調和した深い味わいを見せることに成功していた。

 サルコウが2回転になった直後の円を描くステップは、気迫を表しつつも強い気持ちをこちらに押し付けることなく、じっくりと技巧を見せつけるようなステップ。その後のスローパートも、呼吸を整えつつ、きっちり動きに緩急をつけて見せ、休んでいることを感じさせない。

 ドラマチックな振り付けはとことんドラマチックに、強さを見せるところでは目いっぱい強さを見せ、かと思えばゆったりとしたイナバウアーで、見る者にほっと息をつかせもする。音楽を感じて、思いをじっくり動きにこめ、動きつつ、また音楽を感じて――壮大な、うまく乗りこなさなければ飲み込まれてしまう音楽の中で、この日の彼は落ち着いて、自分自身を見ていた。時には立ち止まって、観衆を見渡す余裕さえあった。いつもの120%のフリー、最後には必ずばててしまうフリーではなく、美しいコントロールが行きとどいた滑り。

 これは、確実なワンステップアップだ。若々しいニューカマーとして人々を熱狂させた世界選手権の演技とは違う。既によく知られているトップ選手として、いい演技を期待される存在として、十分人々を納得させる滑り。観客は立ちあがり、18歳になったばかりの彼の演技を讃えたが、同時にこれが彼の最高ではない、とも感じただろう。

 この夜のパフォーマンスが不満なのではない。まだシーズン中盤、これが彼のピークではない、きっと後半の山場で、もっといい演技を見せてくれるだろう――そんな期待ができる、グランプリファイナルで見せるべき「ノートルダム・ド・パリ」だったのだ。

 しかしこの「緩やかな完成度」を見せられた理由が、ジャンプの失敗だというのだから面白い。

 「演技が終わった瞬間――僕、いつもみたいに疲れて、膝に手をついていなかったですよね? たぶん、いつもよりも落ち着いて滑ったんだと思います。ひとつには、スケートアメリカ、NHK杯と経てきて、ある程度自信がついたから。ファイナルの前の練習でも、ブライアンに作ってもらったプランどおりしっかり滑って、ほとんどのジャンプを練習から決めてきてた。その自信は、今回の試合でちゃんと出せたような気がします。

 でも、落ち着いて滑った一番の理由は

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