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暴力の支配とは、麻薬のようなものなのだ

辰濃哲郎

辰濃哲郎 ノンフィクション作家

 高校、大学と体育会の野球部に所属していた私にとって、「暴力」は日常であった。合宿所の玄関の片隅にほこりが溜まっていた、と言っては、1年生が連帯責任として殴られた。グラウンドの片隅に、硬球が落ちていたと言っては、5時間のランニングを課せられた。もう30年以上前のことであっても、私は鮮明に覚えている。

 大学野球部の門を叩いた新入部員が、まず覚えさせられるのが「緊張・敏速・謙虚」という標語だった。常に監督や上級生の動きを見ながら、相手が何を要求しているのかを瞬時に感じ取る緊張感と、それを察したときに機敏に身体を動かして対処する。そして、監督や上級生に対して礼を尽くす謙虚さのことだと教えられた。野球場のセンターのバックスクリーンから、ベンチにいる上級生に聞こえるように、この「緊張・敏速・謙虚です!」という標語を何度も繰り返させられた。1年生が管理すべきボールが野球場の片隅に落ちていれば、5時間のランニングを課せられるのは、「罰」として当然のことだと受け止めた。

 高校野球で攻守交替のときに全力疾走を見せる高校野球も、OBや関係者に帽子に手を当てて「オッス」などと挨拶する礼儀正しさも、見るものを感動させる高校野球のはつらつとしたプレーも、実は、こういった罰という暴力装置によるところがけっして小さくない。

 もちろん、こういった暴力を否定してチームをつくった指導者もいるには違いない。だが、強いチームになればなるほど、一糸乱れぬ行動の背景には、こういった暴力装置が存在していたと私は思っている。

 日本のスポーツは、戦前からの「精神修養」を目的としたスポーツ振興策に影響された面が否めない。柔道や剣道などの武道と比べ、野球はとくに敵国のスポーツだ。「精神修養」というお題目がなければ、野球は廃れていたかもしれない。この「精神修養」の背景には罰としての暴力が欠かせなかった。この体質が、現在も生き続けているような気がする。

 有無を言わさぬ暴力を経験したものでないとわからないだろうが、殴られる恐怖感は想像を絶する。最も応えたのは、頬へのビンタだ。いつくるか、いつくるかと身構えながら待つときは、3階建てのビル屋上から飛び降りろと命じられたような恐怖を感じる。死にはしないが、痛い。しかも男が頬を打たれるという屈辱感もある。その罰を受けないよう必死で努力するようになるのは必然だ。逆に言えば、暴力という手段を持った者は、それだけで集団を統制できる便利なものなのだ。暴力をチラつかせるだけで、チームに緊張感がみなぎり、自分の言いなりになるのだから。

 私が、最も印象に残っているのは、高校2年生のときに、3年生の捕手から受けた説教だ。3年生のエースピッチャーに代わって練習試合にリリーフで登板したときのことだ。捕手のサインに首を振った。試合が終わって合宿所に戻ると、同級生が心配そうに呼びに来た。

 「○○さんが部屋に来いって」

 部屋のふすまを開けると、豆電球がついている。薄暗さに慣れると、上級生が豆電球の下で椅子に座っているのが見えた。手に竹刀を持っている。

 「おれのサインに首を振るなんて、10年早えんだよ!」

 次の瞬間、 ・・・続きを読む
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筆者

辰濃哲郎

辰濃哲郎(たつの・てつろう) ノンフィクション作家

ノンフィクション作家。1957年生まれ。慶応大卒業後、朝日新聞社会部記者として事件や医療問題を手掛けた。2004年に退社。日本医師会の内幕を描いた『歪んだ権威』や、東日本大震災の被災地で計2か月取材した『「脇役」たちがつないだ震災医療』を出版。

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