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「水俣条約」の名称めぐる論議が映すもの

大矢雅弘

大矢雅弘 ライター

 「水俣」の名を冠し、水俣病の原因となった水銀による汚染を地球規模で防ぐため、水銀の扱いを幅広く規制する「水銀に関する水俣条約」案が、1月にスイスで開かれた国連環境計画(UNEP)の政府間交渉で合意された。

 10月には「水俣病を教訓にして、同様の被害を繰り返さない」と前文でうたう新条約を採択する国際会議が熊本市と熊本県水俣市で開かれる。

 新条約は、水俣病が発生した熊本県水俣市などでは、条約の名称やその実効性をめぐって議論を呼び起こした。

 水俣病が見つかって熊本で56年、新潟でも47年という歳月が流れている。「水俣病は終わった」。そんな言葉をこれまで何度も聞かされた。今回、「水俣」の名を冠することに対し、水俣病に苦しめられた人々の受け止めがとても複雑だったことを振り返ると、水俣病がなんら終わっていないということが改めて浮き彫りになった。

 政府が「水俣条約」の名を提案したのは、「水俣病の教訓を世界で共有し、水銀対策への取り組みを世界に誓うため」という趣旨だった。

 水俣市立水俣病資料館で経験を語り継ぐ語り部の会は「水俣病の教訓を世界に伝える意味でふさわしい」と賛同する立場をとった。患者の緒方正実副会長は「水俣病問題が終わっていないからこそ、それを含めて、水俣の現実を世界に伝える二度とない機会だ」と話した。

 これに対し、水俣病の患者らでつくる「水俣病被害・市民の会」など5団体と個人35人は、現状では「水俣条約」と命名することに反対する声明を出した。条約案では「水銀で汚染された場所の修復や被害補償に対する汚染者の責任が不明確で、水俣病の教訓が反映されない」という。

 世界では、水俣病と同じ有機水銀による中毒被害が発展途上国を中心にいまも起こっている。そうした事態の収拾策がなおざりになれば、水俣病の二の舞いになってしまう。まさに、根源的な問題提起だった。

 水俣病被害者互助会の佐藤英樹会長は「国内で水銀の被害にあった人たちを救済せず、外に向かって『貴重な経験』などと言うのはおかしい」と批判した。ただ、一方で、水俣の名にふさわしい条約が実現するのならば、「ぜひ水俣とつけてほしい」という思いもあった。

 熊本県水俣市議会は、「水俣条約」とすることに反対する意見書案を可決した。水俣条約とすることで「風評被害が永遠に続くことになる」と言及し、水俣病がかかえる問題の根深さが浮かびあがった。

 「水俣病問題が解決したとの印象を与えかねない」。そんな角度からの異論もあった。

 スイスで政府間交渉を見守った被害者支援団体「水俣病協働センター」の谷洋一さんはNG0の代表の一人として発言する機会を得た。

 谷さんは、汚染者が被害の補償や環境復元に責任を負う仕組みが盛り込まれない条約の不備を指摘。「水俣のような悲劇を再び許すなら、条約に『水俣』をつけるのは皮肉なこと」と訴えた。だが、谷さんらの訴えは、合意された条約の内容には反映されなかった。

 条約名をめぐり、水俣病に苦しめられた人々の賛否は割れたが、

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