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東京ドームで見えた政権と読売との接近

水島宏明

水島宏明 ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授

 ちょっと待った。おかしなことではないか。 

 5月5日の「こどもの日」に行われた国民栄誉賞の表彰式だ。

 政府の祝賀式典とそれにともなう行事が、なぜ読売新聞・日本テレビと関係が深い東京ドームで行われたのか。その際の始球式で、審判役をつとめる首相が「96」という憲法改正にとって特別な意味がある数字を背につけて登場したのはなぜか。一連の模様が「特番」として日本テレビ系で独占的に中継放送された背景には何かあったのか。

 初めて首相官邸の外で表彰が行われた国民栄誉賞の表彰式。今回は東京ドームの人工芝の上で行われた。その後の記念の始球式では会場内に「バッター、4番サード、長嶋茂雄。背番号3」と懐かしいアナウンスが鳴り響いた。バッターは背番号「3」の長嶋、ピッチャーは背番号「55」の松井秀喜という受賞者同士の組み合わせ。キャッチャーを務めたのは背番号「88」の原辰徳。巨人の歴代4番が並ぶ後ろで主審を務めたのは安倍晋三首相。背につけた番号は「96」。通常、審判は背番号をつけないから、安倍自身が巨人軍の一員に、あるいは、スーパースターたちの一員に混じったような印象を受けた。

 松井が投げた高めボールに長嶋のバットが空を切り、原がかろうじてキャッチ。後ろで高々と右手を挙げてストライクをコールし長嶋らに笑顔を向ける安倍。その背番号は首相として何代目という数と説明したが、安倍が憲法改正で標的する第96条を多くの国民が意識した。安倍が街頭演説で「96代目の首相の私が憲法96条を変えるんです」と叫んでいることを国民は知っている。

 松井自身が「僕は大記録を打ち立てたわけでもない」と恐縮して挨拶したように、松井と長嶋の2人に対する国民栄誉賞の贈賞は松井引退をダシにした政治的なパフォーマンスと評すべきだ。政治利用されたショーは、国民的なヒーローたちの師弟愛を称える美談として日本テレビを中心に大きなニュースとして発信され、翌日になっても繰り返し放映された。

 伏線はあった。

 4月18日に安倍首相が日本テレビ系の「スッキリ!!」に生出演したのだ。「安倍首相が本当に来てくれちゃいましたスペシャル」と題する40分の大特集。スタジオで安倍は「国民栄誉賞の記念品は金のバット」と初めて明かし、記念の始球式には自分も参加する意向だと言及した。「明るくて出ると良いことありそう」と番組をほめる安倍に対して司会の加藤浩次が「長期政権間違いないですね」と持ち上げた。特集では安部の私生活、初恋の思い出や夫人とのデートでどこに行くか、髪型や好きな映画などに時間が割かれ、安倍の政治姿勢への厳しい質問はいっさいない。最後に安倍は他の出演者とともに両手を前に突き出す「スッキリ!!」ポーズを披露してスタジオを去った。

 「スッキリ!!」は翌19日も安倍出演の舞台裏をVTRで特集して放送し、出演者たちは安倍の素の人柄の良さを称えた。

 現職首相が日本テレビの朝の情報番組を選んで生出演してくれる。そのことは社内でも慶事として受け止められたのだろう。18日の放送を見ていたら、カメラがスタジオの脇をとらえた瞬間、日本テレビの経営幹部たちのにこやかな表情が映し出された。

 さて5月5日に話を戻そう。日本テレビは12時45分から

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