メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

[19]「花になれ」

青嶋ひろの フリーライター

 ふたりのコラボレーションナンバー「花になれ」は、アイスショーだけでは終わらなかった。

 ショーのために用意された曲を、試合のシーズンが始まってもエキシビションナンバーとして滑る――これもまた珍しいケースなのだが、羽生結弦は12-13シーズン、NHK杯、全日本選手権、四大陸選手権のエキシビションで「花になれ」を披露。特に全日本選手権後のメダリスト・オン・アイスでは、再び指田郁也氏のライブとのコラボレートも実現させている。

 また大きな反響を呼んだのは、NHK杯での「花になれ」だろう。初めてテレビの全国放送でこのナンバーを滑る羽生の姿が流れたため、「この曲は誰の曲?」と多くの問い合わせがあったという。

 この年のNHK杯は、5年ぶりの仙台開催。そして震災後初の被災地での開催であり、さらに羽生結弦のホームタウン。そんな特別な場所で優勝を飾り、17歳の新鋭は地元を中心に大いに注目を集めていた。その試合を締めくくるナンバーとして滑った、「花になれ」。

 大きな袖をなびかせながら。じっくり一歩一歩を踏みしめながら。特別な舞台をかみしめるように、彼はこの曲を滑った。先輩スケーターたちに比べれば、ダンスや表現の技巧は、まだそれほど高くないかもしれない。その代わり、彼には滑りに気持ちを乗せるひたむきさがあり、思いをストレートに、まっすぐ伝えようとする力があるのだ、と改めて感じた。

 震災直後、初めて滑った神戸のチャリティショー(11年4月)の時にも感じたが、特別な思いを伝えたいメモリアルな場所で、彼は大きく存在感を増す。

 夏のアイスショーの小さなリンクとは違う、60×30メートルの競技サイズリンクをたっぷり使って、のびのびと。じわじわとあたたかな感情を人々の心に湧き立たせながら、仙台への熱い思いと深い感謝を表現していく――羽生結弦のNHK杯は、このナンバーをもって完結した、と言ってもいいだろう。

  「NHK杯での羽生君、きれいでしたね……」

 振り付けの宮本賢二氏も、特にこの日の演技をよく思い出すと言う。

 「震災のこともありましたし、メッセージを含んだ歌詞でもあるので、僕もプログラムの振り付け中に泣いてしまいそうになったんです。羽生君がこの曲を滑ることには、またいろいろな意味もあるのかな、と。いろいろあって、今も彼はがんばっている。でももう前を向いて、きれいに花を咲かすんだ、と……。本当にいいプログラムにしてくれたな、と思いました」(宮本氏)

振り付けの宮本賢二氏(左)と=2012年、筆者撮影振り付けの宮本賢二氏(左)と=2012年、筆者撮影
 そして指田氏も、この日は観客席から彼の滑りをじっくりと見ることとなった。

 「福井の『ファンタジー・オン・アイス』では自分も演奏していたので、結弦君の演技だけ見ることは難しかったんです。だから今回は客席から楽しもうと思っていたんですが……。僕、彼がこの曲を滑ることを、当日まで知らなかったんですよ。だから彼が滑りだした途端、もう号泣してしまって(笑)。

 もちろんテレビで彼の活躍はいつも見ていたんですが、やはり生の演技は格別ですね。ショーでは細かく見られなかった部分も、『どんなふうに滑ってるのかな?』なんて、泣きながらもまじまじと見せてもらいました。そしたら、歌詞の繊細な部分もダイナミックな部分も、見事にスケートで表現されてる! 表情を作るのもほんとうに上手いけれど、たぶんあれは作った表情ではなく、感じてる表情。僕はその姿を、『歌ってるみたいだな……』と思いました。僕がピアノ弾いてる時、歌ってる時と全く同じで、それがただマイクで歌っているか、スケートで表現しているかだけの違いなんだ、と。彼もまた、音楽を奏でている……。

 舞台が仙台ということで、結弦君もすごく気合いが入ってたし、そんな機会に『花になれ』を滑ってくれたことも、自分にとってすごくうれしいことでした。まるであの場所で、彼の滑りで、曲が浄化されていくようで……。もう何も言えないくらい感動して、ものすごく泣いてしまった(笑)。あの感動は、今でもちょっと、忘れられないですね」(指田氏)

 競技ではできないことも見せられるショーナンバー。しかし自由度の高いショーナンバーといっても、スケーターや指導者には様々な考え方がある。

 たとえば「花になれ」は、プログラムとしてはいたってシンプルで、技術面では比較的簡単だ、という意見。確かに

・・・ログインして読む
(残り:約595文字/本文:約2474文字)