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「ジャンプの安藤美姫」が示したスケーターとしての「礼儀」

青嶋ひろの フリーライター

 ドイツ・オーベルストドルフにて開催されたフィギュアスケート国際Bシリーズ、ネーベルホルントロフィー(9月25日~)。安藤美姫の3シーズンぶりの公式戦は、異例づくめの一戦だった。

 まず、日本のスケート連盟から派遣、という通常の形ではなく、ドイツスケート連盟からの招待選手としての出場。記者会見でも取材エリアでも、安藤自身が何度もドイツ連盟に謝意を表していたが、2度の世界女王である安藤美姫へのリスペクトがこうした形で他国から示されたことは、同じ日本人としてとても嬉しいことだった。

 しかし日本連盟の強化指定選手ではないため、国際試合で選手たちが着用するジャパンジャージの支給もなく、滑走順抽選など公の場での安藤は、常に私服姿。

エキシビションで演技する安藤美姫拡大エキシビションで演技する安藤美姫
 日本チームの一員ではない、という立場のため、ふだんならば全選手の公式練習に付きそう日本のチームリーダー、ドクター、トレーナーらも、彼女の練習時間には姿を現さないことがあった。

 「昨シーズン、強化選手を辞退した自分が悪いんですが」と本人も苦笑していたが、当初はテレビや新聞の取材申し込みも安藤自身に直接声をかけざるをえない状況に。

 そして海外メディアもこぞって取り上げた、愛娘を連れての、ママスケーターとしての参戦。

 「この子には、私の見せられるものは何でも見せてあげたいんです。アスリートを続けることで、常にお母さんとしてそばにいてあげられない、その代わりに」(安藤)

 かつて、60年スコーバレー五輪銅メダリストのバーバラ・ロールズが、出産後に現役復帰し、常に乳母車を押して試合会場に現れていたことがあるそうだが(佐藤信夫氏の証言)、そのころとはまた、時代も違う。

 女子のジャンプがダブル中心だった頃のフィギュアスケートでも、ロールズは復帰後、世界選手権の表彰台に戻ることはできなかった。トップスケーター中のトップスケーター、ミキ・アンドウは、出産半年でどこまで戻せているのか? 各国のコーチ、国際ジャッジ、国際スケート連盟関係者、そして多くのファンたちが、応援と興味の入り混じった視線を送る。

 実際、安藤のここまでの道のりは険しかった。産後の身体でハードな競技者の道に復帰することは、彼女自身が選んだことなのだから、仕方がない。週刊誌の記者やカメラに神経を使い続けることにも、慣れるしかない。

 しかし今回一番ハードだったのは、正式なエントリーが彼女に知らされたのが、開幕のたった2週間前だったこと。

 競技者ならば誰でも、どんなスケジュールでハードな五輪シーズンを乗り切っていくか、大まかな計画を立て、体調も管理し、ピーキングに気を配って日々の練習をする。安藤は願っていた国際Bシリーズへの出場を一度はあきらめ、既に関東選手権(10月中旬)に的を絞っていた。

 その上、ネーベルホルン出場直前に茨城のアイスショー(プリンスアイスワールド)にも出演していた。急な出場許可には喜びもあったが、ジャンプ指導をする門奈裕子コーチなどは、無理な日程を押しての参加に難色を示したという。実はそれほど、難しい戦いだったのだ。

 「強化選手ではないし、B級試合も出られそうにない。そうなると、オリンピックもないんだろうな。ブロック大会(関東選手権)、東日本選手権をクリアして、全日本が最後かな、って思いでいたんです。でもこの時期に出られることになって……短期間での調整は、難しかった。自信もなかったし、試合のプログラムは、まだ人前で滑れる状態ではなかったです。でも、ドイツからの招待を、無駄にしたくはなかった」(安藤)

 その中で迎えた、初戦。ショートプログラム「マイウェイ」、フリープログラム「火の鳥」ともに、練習でもほとんど通して滑っていない、「人前では見せられない」プログラムだ。

女子フリーで演技する安藤美姫拡大女子フリーで演技する安藤美姫
 3季ぶりの実戦ということで、相当な緊張だったのだろう。どちらのプログラムも、へろへろと言っていいくらい、スピードも切れもなかった。

 「スピンだけでもレベルをとってくること!」と門奈コーチからの厳命が出ていたスピンは、レベル1や2のオンパレード。腕遣いの優雅さなどには目を見張るものの、「マイウェイ」「火の鳥」ともに、まだまだ渾身で表現する域には達していない。

 あらゆる面で元世界女王のスケートとしては、いまひとつだったかもしれないが、そのことは、安藤自身もよくわかっていた。

 「恥ずかしい演技でしたね。フリーは、特に。作品を滑るというより、ジャンプをがんばって立ってるだけ、という印象。つなぎのステップも全然入れられなかったし、スピンもまったくレベルが取れてない。曲に動きが合わせられなくて、すごく遅れてしまって……。点数も、よくここまで出していただけたなあ、と思います。この演技で100点(フリー)を超えられたことには、すごくびっくりしました。まあ、世界のジャッジの皆さんからの、『ここからがんばれ!』というメッセージとして受け止めます(笑)」(安藤) ・・・続きを読む
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筆者

青嶋ひろの

青嶋ひろの(あおしま・ひろの) フリーライター

静岡県浜松市生まれ。2002年よりフィギュアスケートを取材。日本のトップ選手へのインタビュー集『フィギュアスケート日本女子 ファンブック』『フィギュアスケート日本男子 ファンブック Cutting Edge』を毎年刊行。著書に、『最強男子。 高橋大輔・織田信成・小塚崇彦 バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』『羽生結弦物語』(ともに角川つばさ文庫)、『フィギュアスケート男子3 最強日本、若き獅子たちの台頭 宇野昌磨・山本草太・田中刑事・日野龍樹・本田太一」(カドカワ・ミニッツブック、電子書店で配信)など。最新刊は、『百獣繚乱―フィギュアスケート日本男子―ソチからピョンチャンへ』(2015年12月16日発売、KADOKAWA)。

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