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NHK経営委員での首相「お友達」人事の行く末

川本裕司 朝日新聞記者

 「国営放送にしようとしているのか」。8日に衆参両院で同意された新しいNHK経営委員4人の顔ぶれを見て、NHK関係者は怒りに満ちた声をあげた。読売新聞が先陣を切る「松本正之NHK会長退任へ」という報道が加速、新会長候補が取りざたされている。私自身の予想では、第1次安倍政権時代に経営委員長を務めた古森重隆・富士フイルムホールディングス会長が次期会長に浮上するのでは、と読む。
 新経営委員4人は、作家の百田尚樹氏、哲学者で評論家(埼玉大名誉教授)の長谷川三千子氏、海陽学園海陽中等教育学校長の中島尚正氏、日本たばこ産業(JT)顧問の本田勝彦氏。
 百田氏と長谷川氏は昨秋の自民党総裁選前に出された「安倍首相を求める民間人有志の緊急声明」の発起人だった。百田氏は人事案が明らかになった10月25日、ツイッターで「アンチ百田が大騒ぎしてる。ネトウヨとか極右とか罵倒しまくり。私は普通の日本人だ」とつぶやいた。保守派の論客である長谷川氏は評論家金美齢氏との対談で「謝って失敗したのはいわゆる従軍慰安婦の問題、目をつぶって失敗したのは尖閣の問題、先送りして失敗したのは憲法改正」(月刊誌「正論」3月号)と発言している。中島氏が勤務する海陽学園では、安倍晋三首相の盟友である葛西敬之JR東海が副理事長を務める。本田氏は安倍首相の学生時代に家庭教師をした関係がある。
 ある元NHK理事は「かつて自民党に近い財界人が経営委員に選ばれたことはあるが、首相カラーの強い経営委員はこれまでなかったのではないか」と語った。「官邸が原発や沖縄の問題を取り上げたNHKのドキュメンタリー番組に不満があるとは漏れ聞いていたが……」と啞然とした表情を見せた。
 この時期に経営委員会に4人が送り込まれた最大の理由は、来年1月24日に1期目の任期を迎える松本正之NHK会長の後任選びのためだ。経営委はNHKの経営を監視する最高意思決定機関であり、会長の任命権をもっている。委員12人のうち9人の賛成がなければ就任できない。つまり、4人に「NO」といわれた人物は会長になれない。4人は会長選びのキャスチングボートを握っているといえる。
 松本会長は昨年10月から始まった受信料の7%値下げでゼロと見られていた2012年度の事業収支差金(利益)を、経費節減と営業活動の強化で195億円の黒字を達成した。職員の基本給や賞与を5年間で10%削減することで、日本放送労働組合と3月に合意にこぎつけた。その一方で、職員の不祥事には厳罰主義で臨むとともに、番組制作でも現場に自由に任せた福地茂雄前会長時代より引き締めを図り、脱原発に傾斜した報道と受け取られないように「バランス」重視を指示していた。
 関係者によると、3年前、JR東海副会長から嘆じた松本会長に対し、元上司で安倍首相と親しい葛西敬之JR東海会長から様々な注文をつけられていたという。要求を松本会長は拒否し、両者の関係は冷え切ったといわれる。
 経営委では会長の指名部会を7月に発足させた。6月19日に任期切れとなる浜田健一郎経営委員長(ANA総研会長)に代わり、本田氏が経営委員に選ばれるのではという報道があった。しかし、ねじれ国会だったため、政府は無理をせずに、本田氏の起用を見送り、5月21日に浜田氏の再任案を提示した。結局、会長選びが佳境を迎えようとする11月に本田氏が登場したことになる。
 今回は経営委員の人選だけでなく、松本会長の続投をめぐる報道も風変わりだった。読売新聞(東京本社版)は11月1日の朝刊1面トップで「NHK会長 交代の公算」と報じた。記事では、会長の任命権をもつ経営委員会の顔ぶれの紹介はあるものの、委員の会長選についての意向や発言には一切触れられていない。その一方で、「政府・与党や財界には交代の声が強まっている」「複数の政府関係者によると、首相はNHKの体制を刷新すべきだとの意向が強い」と記している。独立性が確保された日本銀行政策委員会や最高裁にほとんど取材せず、官邸や財務省、法務省の取材をもとに、公定歩合の上げ下げや判決・決定を予測する記事を報じているようなものだ。ある経営委員経験者は「こうして流れが出来ていくんでしょうね」と語った。
 読売新聞は、4経営委員就任が決まった翌日の11月9日朝刊3面「スキャナー」の見出しは「NHK会長交代へ」だった。本記を書いた政治部記者の原稿では

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