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ユダヤ人問題を再考する、ランズマン監督の最新作『Le Dernier des injustes(不正義の最後の人)』

樫村愛子 愛知大学教授(社会学)

 今、日本では、ハンナ・アーレントを描いた映画が話題になっている。フランスでも今春、アレント映画は公開され話題に上ったが、一方で、5月のカンヌでは、『ショア』で有名なランズマンの新作『Le Dernier des injustes(不正義の最後の人)』が公開されており(アウト・オブ・コンペティション部門出品。審査委員長のスピルバーグとは和解のメディアとなったとされる)、フランスでは、11月半ばより劇場公開中である。

 アーレントは、わかりやすい善悪二元論を批判し、悪に関与する、組織や官僚制の性質や、ユダヤ人そのものの中にあった階級や抑圧を指摘したが、しかし一方で、アーレントの批判自身、ユダヤ人評議会に対する一元的なイメージをもっていたのではなかったのかを、ランズマン映画はさらに批判し、そして現実のより不気味な点、奇妙な点を描き出す。アイヒマンと最も近いとされ、ナチ協力者としてアイヒマンと共に絞首刑にしろとされた、テレージエンシュタット収容所のユダヤ人評議会の最後(三代目)の長老マーメルシュタインの、アイヒマンとの実もよだつような現実の中での関係や政治力、超人間的ともいえるような魅力を描き出してみせるからである。

 1975年、『ショア』の準備のためにまだ若いランズマンが、すでに高齢となるマーメルシュタインに真実を引き出そうとした貴重な映像だが、テーマの難しさゆえ『ショア』には組み込まれずお蔵入りになっていたものを、80歳代後半となるランズマンがこれを公開することの重要性を感じて映画にしたものである。

 アーレントは、ナチによって作られた、各ゲットーの服従のためのユダヤ人たちの自治組織-評議会の責任を厳しく追及しているが、本映画では、「ゲットーのモデル」とされ、世界を欺くためにアイヒマンに選ばれた偽りのゲットー(ナチのプロパガンダ映像がランズマンの映画に挿入されている)、テレージエンシュタットのユダヤ人評議会マーメルシュタインの経験を提示している。

 もちろん、ユダヤ人評議会の中には、裏切りものとされるような、密告者や権力者もいたかもしれない。しかし、アイヒマンの側近中の側近の位置にいながら、マーメルシュタインは、12万人のユダヤ人を移住させ、収容所の生存条件を維持しようとした。ナチスは彼を操り人形にしようとしたが、彼が言う通り、操り人形の方が、糸を引っ張る方法を覚えたと映画では語られる。

 マーメルシュタインは、また、水晶の夜事件に積極的に関与したアイヒマンは、冷酷であり、アレントの言うような小役人というイメージにはおさまらなかったと一方で指摘している。彼がアイヒマン裁判に証言者として立っていたら・・・ということをつい夢想するが、当時の歴史的状況では困難だったのかもしれない・・・

 マーメルシュタインは決して移住に関する専門家ではなかったが、そのふりをすることで専門担当者となり、多くのユダヤ人の移住に成功した。当時の環境においては、自分の達成感は尋常ではなかったとする。一方、犬にまで税金をかけて莫大な移住税を巻き上げることで、 ・・・続きを読む
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筆者

樫村愛子

樫村愛子(かしむら・あいこ) 愛知大学教授(社会学)

愛知大学文学部社会学コース教授。1958年、京都生まれ。東大大学院人文社会系研究科単位取得退学。2008年から現職。専門はラカン派精神分析理論による現代社会分析・文化分析(社会学/精神分析)。著書に『臨床社会学ならこう考える』『ネオリベラリズムの精神分析』、共著に『リスク化する日本社会』『現代人の社会学・入門』『歴史としての3・11』『ネオリベ現代生活批判序説』(新評論)など。

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