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データ改ざんそのものが、罪にならない臨床試験事情

辰濃哲郎 ノンフィクション作家

 ノバルティスファーマ社の高血圧治療薬「バルサルタン」にまつわる不正論文事件で、とうとう逮捕者が出た。京都府立医大で、バルサルタンの投与を受けた患者の方が、他の高血圧治療薬を用いた患者と較べて心筋梗塞や脳卒中などの発現が少ないことを突き止める論文で公表されたが、実はその論文のデータは、解析を担ったノバ社の元社員によって改ざんされた疑いが持たれている。東京地検が6月、その元社員を薬事法違反(虚偽広告)の疑いで逮捕した。

 臨床試験のデータを改ざんした不正なのに、罪名が「虚偽広告」とは腑に落ちないと感じた人は少なくないと思う。薬事法66条1項に、こんな条文がある。「何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療機器の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない」

 つまり、ノバ社の元社員は、この臨床試験のデータを改ざんして自社のバルサルタンに有利な結果を導き出し、虚偽の論文を広告に使ったというのだ。データを改ざんしたことの罪は問われず、その論文を使って広告したことが「虚偽広告」に当たるというのだ。ずいぶん本質からずれた罪名に、驚く。

 だが、実はここに日本の臨床試験の後進性が表れているのだ。

 バルサルタンをめぐる一連の不正論文事件では、ノバ社が多額の資金を大学側に提供し、論文を解析する重要な役割も元社員が担っていた。明らかな利益相反だ。日本の製薬メーカーがひとつの医薬品を世に出すための研究開発費は、150億から200億円と言われている。さらに地球上の様々な化合物を調査・研究して、最終的に医薬品として承認される割合、つまり「成功率」は、6000分の1とも言う。メーカーにとって、これだけの研究と開発費をつぎ込んだ医薬品が売れなくては困るわけだ。とくに高血圧や糖尿病など同じ薬効の薬が競合する慢性疾患の場合、どの医薬品の効果が優れているのか。副作用が少ないのか。少しでも自社の製品の長所を証明して販売量を増やしたいのが本音だろう。

 一方の大学病院などの研究者にとって、多くの患者を使った大規模臨床試験で優れた効果を証明する論文を公表することは、自分の功績につながる。とくにメジャーな科学誌に掲載された場合は、

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