メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

 8月29日、鹿児島地裁で続いていた「志布志事件」の元被告らによる国賠訴訟が結審しました。志布志事件は、2003年の鹿児島県議選で当選した県議が4回の買収会合を開いて住民らに計191万円を渡したとして15人が逮捕され、13人が起訴されたものの、全員が無罪となった事件です。

 無罪判決が出たのは06年2月。鹿児島地裁は、買収会合はなかったと判断しました。検察は控訴せず、判決はそのまま確定しました。しかし、元被告たちは、彼らに直接謝罪するなど誠意を見せようとしない県警に対し不信感を募らせました。同年10月に国と県を相手取って、違法な取り調べによってウソの自白を強要されるなど精神的な苦痛を受けたとして民事訴訟を提起しました。

 それから7年近く。重ねた弁論は、33回。元被告らは宮崎県境にある志布志市から毎回、鹿児島市内の裁判所まで片道約3時間かけて通い続けてきました。

 29日の最終弁論では、元被告を代表して、原告団長の藤山忠さん(66)が意見陳述をしました。グレーのスーツに身を包んだ藤山さんは、5月にがんで胃を全摘したばかりですが、力強い、はっきりとした口調で、訴えました。

 「警察は、捕まえた人が取り調べのとき、警察が考えているとおりの答えを言うまで、手段を選ばず、取り調べを続けました。私はいつのまにか犯人に仕立てられ、そして集落の人も犯人に仕立てさせられ、犯人ではないのに、手錠をかけられ、腰縄をかけられ、檻に入れられ、牛や馬のように扱われました。とても惨めで悔しい思いでした。仕事を失い、信用を失い、すべてを失いました」

 任意であるにもかかわらず、取り調べは毎日、朝から晩まで続きました。「お前がやったんだ」「みなが会合があったと言っている」などと迫られ、13人のうち、6人はありもしない会合があり、金を受け取った、と認めてしまいました。

 多くの人が厳しい調べで体調を崩し、倒れて救急車で運ばれる人も続出しました。刑事裁判の間に、ひとりががんで死亡し、無罪判決を聞くことができませんでした。その後も、過酷な取り調べが原因で体調を崩し、その後病気になって死亡した元被告。さらに、元被告を支え続けた夫や親などが次々と鬼籍に入りました。「さぞ無念だっただろうと思います」と法廷で訴えた藤山さんは、涙をこらえられず、言葉を詰まらせました。

 「買収会合なんてありません。警察がつくった捏造です。場所も、日時も、(授受されたとされる)お金や焼酎もみんな警察のウソです。警察が押しつけたウソの自白です。逮捕された住民に『ウソ』はいけないなどと説教をしながら、警察は平気で私たちにウソをつき、取調室が密室であることをいいことに、自白しろ、つまりウソを言えと言い続けました。法廷でもウソをつきました」

 「私は、中山信一さん(当選した県議)から、お金や焼酎はもらっていません。だから、大量の捜査員を投入しても、具体的な事実や証拠は見つかるはずがないのです」

 藤山さんは、10分ほどの意見陳述をこう締めくくりました。

 「警察・検察のウソをきちんと裁いてください。警察・検察の落ち度を明らかにして、反省を迫ってほしいです。それができるのは裁判所だけです。どうか、二度と取り調べの被害者を出さないよう、私たちの被害を救済してください。私たちの叫びを聞き届けてください」

 法廷にしたほかの元被告らにも、結審を迎えての思いを ・・・続きを読む
(残り:約1245文字/本文:約2670文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

大久保真紀

大久保真紀(おおくぼ・まき) 朝日新聞編集委員(社会担当)

1963年生まれ。盛岡、静岡支局、東京本社社会部などを経て現職。著書に『買われる子どもたち』、『こどもの権利を買わないで――プンとミーチャのものがたり』、『明日がある――虐待を受けた子どもたち』、『ああ わが祖国よ――国を訴えた中国残留日本人孤児たち』、『中国残留日本人』など。

大久保真紀の新着記事

もっと見る