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覚悟と決断――在宅の看取りに求められるもの

町亞聖

 40歳を過ぎて独身の私には今もし何かあったとしても残念ながら死に水を取ってくれる人はおらず孤独死は決して他人事ではない。そして世界が経験したことのない“超々高齢社会”をこれから迎える日本では「死に場所」のない人が2030年に47万人にのぼるという推計が出されている。

 この47万人という数字は厚生労働省が発表した「死亡場所別・死亡者数の年次推移と将来推計」によるもので、医療機関、介護施設、自宅での死亡を除いた“その他”の数字だ。病院で亡くなった人数が1970年代には自宅で亡くなった人数を上回り、死亡場所の8割以上が病院という状況が20年以上続いている厚生労働省の言う通り病院でも施設でも自宅でも死ねない人は果たしてどこで最期を迎えればいいのか……。

 私が末期の子宮頸がんの母を在宅で看取ったのは今から15年前のこと。がんが見つかった時にはすでに手遅れで残念ながらもう手術をすることは出来なかった。実は母はがんになる10年ほど前に、くも膜下出血と脳梗塞を併発し、右半身麻痺と言語障害という重い後遺症を背負っていた。だから唯一自由に過ごせた我が家で最期を迎えさせたいと強く願ったのだった。「治療法がなければホスピスへ」という時代になぜ在宅が可能だったのか。私達家族の想いを叶えてくれたのは地元埼玉の病院に試験的に立ち上がっていた“緩和治療科”の先生達だった。

 今では緩和ケアという言葉は当たり前のように使われるようになったが、1990年代には緩和という概念はまだ普及もしていなかった。そんな状況の中、この病院では外科、内科、精神科そして訪問看護がチームを組み、がん患者1人1人の希望に合わせて緩和ケアから積極的な治療まで様々な選択肢を支えていた。私達家族と母は医師や訪問看護師に見守られ“その日”を迎える準備をすることになる。

 「住み馴れた我が家で最期を迎えたい」と多くの人が願っている。しかし、具体的に“終末期”をイメージできている人がどれぐらいいるのかは疑問である。在宅を選択するということはイコール延命治療をしないということである。母の場合は先生から「延命治療は必要ありませんね」と言われたわけではなく、自宅で看取ると決めた時に“家族だけ”で母の死を迎えるんだと自然と覚悟を決めていたのだった。

 当たり前のことだが家にはナースコールがない。容体が急変しても看護師も医師もすぐに駆けつけてくれるわけではない。だからこそ在宅での看取りに一番重要なのは本人と家族の「覚悟と決断」なのである。苦しむ家族の姿を見て最後の最後に救急車を呼んでしてしまったら本末転倒だ。まず在宅を選択する前に家族みんなで考えて欲しい。「ナースコールがない状況に耐えられるか」を。

 私達も在宅をすぐに決断できたわけではなく先生と何度もそして何時間も話しあった。家族みんなが同じ考えとは限らない。「何かあったらどうするのか」と大きな不安を抱えていた父は ・・・続きを読む
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筆者

町亞聖

町亞聖(まち・あせい) フリーアナウンサー

フリーアナウンサー。1995年、日本テレビにアナウンサーとして入社。その後、報道局に移り、報道キャスター、厚生労働省担当記者としてがん医療、医療事故、難病などの医療問題や介護問題などを取材。2011年、フリーに転身。脳障害のため車椅子の生活を送っていた母と過ごした10年の日々、母と父をがんで亡くした経験をまとめた著書『十年介護』を出版している。現在、TOKYO MX「週末めとろポリシャン!」(金曜午前11時~12時)、文化放送「大竹まことのゴールデンラジオ!」(水曜午後1時~3時30分)などに出演。

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