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歩行者と自転車と車が共存できる街へ

進まない自転車レーン、歩道を自転車が走る先進国は日本だけ

大矢雅弘 朝日新聞天草支局長

 内外の自転車政策を調査・研究し、わが国における総合的自転車政策を確立しようと、行政にさまざまな提言をしているNPO法人・自転車活用推進研究会が11月、都心全域と2020年の東京五輪の施設を網羅する自転車レーン網「TOKYOサイクルネットワーク」の構築を提唱するオンライン署名キャンペーンを始めた。

 同研究会の小林成基理事長によると、英国は五輪を都市が生まれ変わる絶好の機会とした。12年に五輪を開催したロンドンでは05年7月、7

衝突事故を減らすため、自転車と歩行者を分けた歩道=2013年12月、滋賀県草津市拡大衝突事故を減らすため、自転車と歩行者を分けた歩道=2013年12月、滋賀県草津市
年後の五輪開催が決まったその翌日、地下鉄やバスが爆発する同時多発テロが起きた。地下鉄が止まったのを機にサラリーマンたちは自転車で通勤を始め、地下鉄が復旧した時も、「あのラッシュアワーには戻らない」として、自転車通勤が主流になったという。

 16年の五輪開催地、リオデジャネイロも歩行者や自転車、車が安全で無理なく共存できる街づくりをめざし、現在は370キロある自転車道を、五輪開催までに450キロまで延ばそうとしている。

 一方、東京都の自転車レーン(歩道上の自転車歩行車道および自転車専用道路は含まない)の総延長は11年度末でわずか9キロにとどまる。「東京都の自動車走行環境は世界的に極めて大きく見劣りしている」という同研究会の指摘はもっともだ。舛添要一都知事が就任1年を迎える15年2月には、今回のキャンペーンへの賛同状況なども盛り込み、都知事宛ての提言書を提出することにしている。東京もぜひ、ロンドンやリオデジャネイロに続いて、自転車が走りやすい空間へと生まれ変わる転機になってもらいたい。

 そもそも自転車をめぐる道路事情はどんな歩みをたどってきたのか。1960年施行の道路交通法では自転車の通行は車道に限られていた。自転車は「交通弱者」とみられがちだが、道交法では、れっきとした「軽車両」に分類される。車道の左側を走る決まりになっている。

 その後、自動車の増加に道路整備が追いつかず、自転車がらみの事故が多発する。国は安全対策で自動車を優先し、70年と78年に道交法が改正され、自転車歩行者道ができた。車との事故が増え、自転車に乗る人を守るためとされた。

 いまでは自転車が当たり前のように、すべての歩道を走っている。小林さんによると、ノルウェーも70年に法改正で自転車が歩道を走れるようにした。だが、歩行者との接触事故が多発し、「事故が多すぎてかなわん」と10年後には元に戻した。日本はそれを戻せなかったわけだ。日本以外の先進国で、歩道を自転車が走っている国はない。

 この道交法改悪のせいで、 ・・・続きを読む
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筆者

大矢雅弘

大矢雅弘(おおや・まさひろ) 朝日新聞天草支局長

朝日新聞天草支局長。1953年生まれ。長崎、那覇両支局、社会部員、那覇支局長、編集委員。その後、論説委員として沖縄問題や水俣病問題、川辺川ダム、原爆などを担当。2016年5月から現職。著書に『地球環境最前線』(共著)、『復帰世20年』(共著、のちに朝日文庫の『沖縄報告』に収録)など。

 

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