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シャルリ―・エブド襲撃事件と精神分析

経済学者やユダヤ人の女性精神科医も犠牲になった新聞社襲撃事件

樫村愛子 愛知大学教授(社会学)

表現の自由やテロに屈しない決意を示す大行進に参加した人々=2015年1月11日、パリ市内拡大表現の自由やテロに屈しない決意を示す大行進に参加した人々=2015年1月11日、パリ市内
 1月7日のシャルリー・エブド襲撃の翌日、パリ第8精神分析学科長ジェラール・ミレールからメイルが届いた。フランス社会で精神分析が攻撃され、精神医療制度から排除されようとした時、ジェラールは、新聞の漫画家に支持を求めたのだが、シャルリー・エブドのシャルブ、ティニュー、オノレが、すぐに応答してくれたのだと、追悼の言葉と共に、その時彼らが送ってくれたマンガが添付されていた。ティニューが描いた一枚は、サルコジが寝椅子の後ろの分析家の椅子で語っているマンガである。「フロイトはいらない・・・フランス(人)は早く起きるので、夢を解釈している時間はないのだ!」。このマンガの表現の見事さに見られるように、シャルリーの漫画家たちは、精神分析のこの社会での危機の本質を掴んでいた。

 12人の被害者の内の1人はユダヤ人の精神科医/精神分析家の女性エルザ・カイアットで、シャルリー・エブドの隔週のコラム「Divan(寝椅子)」を担当していた。イスラムでは女性は殺されないのに、エルザはただ1人の女性被害者として、狙い撃ちされていた。ユダヤ人だったからである。さらには、ユダヤ人が創始した、精神分析を行う人だったからだろうか。また、他の被害者の1人、ベルナール・マリは、やはり精神分析研究に取り組み、著書『資本主義と死の欲動』で知られる、トゥールーズの経済学の教授だった。

 精神分析は、フロイトの「機知」の研究で知られるように、お笑いのように、通常の語りから逸脱し、無意識を表象する表現から、心の問題に入っていく。この意味で、シャルリ―・エブドが表現した、アイロニーや笑いという表現の自由は、精神分析にとってある意味、決定的に重要だった。また、今フランスのラカン派(精神分析)の中核である68年世代にとって、シャルリ―の留まるところを知らない精神も、共有されるエスプリだっただろう。精神分析は、こうして、現在の社会の中で、今も存在論と精神の追究にラディカルに関わり、ネオリベラリズム社会からは排除されかかろうとしており、この意味でシャルリ―とは強い関わりを持っていた。もちろん、精神分析は、守られた空間の中での言葉の吐き出しであり、その違いは大きいのだが。

 漫画家の1人、ウォリンスキは、シャルリーの誌名を、1950年から連載が開始された『ピーナッツ』の主人公、スヌーピーの飼い主であるチャーリー・ブラウンから取った。チャーリーは、何をやっても不器用で特技がない、いじめられキャラで ・・・続きを読む
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筆者

樫村愛子

樫村愛子(かしむら・あいこ) 愛知大学教授(社会学)

愛知大学文学部社会学コース教授。1958年、京都生まれ。東大大学院人文社会系研究科単位取得退学。2008年から現職。専門はラカン派精神分析理論による現代社会分析・文化分析(社会学/精神分析)。著書に『臨床社会学ならこう考える』『ネオリベラリズムの精神分析』、共著に『リスク化する日本社会』『現代人の社会学・入門』『歴史としての3・11』『ネオリベ現代生活批判序説』(新評論)など。

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