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ノスタルジーに留まりがちな世界遺産

観光特需に期待するより、近代産業史の証言者であるべき「明治日本の産業革命遺産」

武田徹 評論家

世界遺産への登録が勧告された「明治日本の産業革命遺産」の軍艦島にあった集合住宅65号棟=2013年、長崎市の端島拡大世界遺産への登録が勧告された「明治日本の産業革命遺産」の軍艦島にあった集合住宅65号棟=2013年、長崎市の端島
 奈良原一高の写真集『人間の土地』で、その姿を見た中学の時以来、「軍艦島」こと長崎県高島町端島は、筆者にとって一度は訪れて見たい場所であり続けていた。

 端島は地下に石炭鉱脈が発見された長崎半島先の小さな瀬の周囲を埋め立てて作られた人工島だ。面積僅か6ヘクタールしかない小さな島に最盛期には炭鉱関係者5267人が暮らし、人口密度は世界一といわれた。高層住宅が密集した島の風貌が、遠目に軍艦のように見えたことがその通称となる。

 しかし、筆者が一人旅の出来る年齢になった頃、端島炭鉱は操業を中止し、軍艦島からは全住人が退去していた。島に渡る交通手段はもはや存在せず、訪問は叶わなかった。

「廃墟」から世界遺産登録へ

 こうして無人島となっていた軍艦島だが、90年代ぐらいからそこに上陸したという話をしばしば聞くようになった。荒れ果てるにまかされた炭鉱への入口や選炭設備、そこにかつてあった生活の名残を感じさせる高層住宅跡が「廃墟ブーム」の中で注目を集め始め、軍艦島を撮影した写真集が数多く刊行され、ドラマやミュージックビデオのロケ場所にも選ばれるようになった。

 筆者自身が念願の上陸を果たしたのは大分遅れた2001年で、日本の基幹産業の興亡をテーマにしていた雑誌連載の最終回の取材だった。案内役を買ってくれたのは端島内にかつてあった中学、高校に通っていた元住民であり、軍艦島の保存運動を始めていた坂本道徳氏だった。氏とはその後にはお目にかかる機会がなかったが、NPO法人「軍艦島を世界遺産に登録する会」の活動を始めたことは伝え聞いていたので、09年に軍艦島を含む「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産暫定リストへの登録された報を聞いた時、さぞや喜んでいるだろうと思っていた。

 そして今年5月にユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議(イコモス)」が、「明治日本の産業革命遺産」の登録をユネスコに勧告。この勧告を受けて6月28日から7月8日までドイツのボンで開かれる世界遺産委員会で登録が正式決定されると聞いていた。

 しかし、そこに異議申し立てがなされる。

 今回、世界遺産委登録予定の「23施設のうち軍艦島を含む7施設で、戦時中に朝鮮人労働者が強制徴用されていた」として韓国政府が登録反対の意向を示し、ボン会議での決定を阻止すべく、投票権を持つ国にロビイングを始めたという。

 6月9日にソウルで行われた当局間会談では、韓国側が7施設の登録撤回ではなく、対象施設の説明に強制徴用の歴史を反映させるという妥協案を提示したが、日本側は「遺産の対象時代とは時代が異なる」などと従来の主張を展開、議論は平行線をたどったという。

近代産業史の中の世界遺産

 今後も協議の行方を見守りたいが、 ・・・続きを読む
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筆者

武田徹

武田徹(たけだ・とおる) 評論家

評論家。1958年生まれ。国際基督教大大学院比較文化専攻博士課程修了。ジャーナリストとして活動し、東大先端科学技術研究センター特任教授、恵泉女学園大人文学部教授を経て、17年4月から専修大文学部人文ジャーナリズム学科教授。専門はメディア社会論、共同体論、産業社会論。著書に『偽満州国論』、『流行人類学クロニクル』(サントリー学芸賞)、『「核」論――鉄腕アトムと原発事故のあいだ』『戦争報道』、『NHK問題』など。

 

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