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いつの間にか、拡大する通信傍受法

広がる捜査の権限、“盗聴”した85%は事件に関係なし

小野登志郎 ノンフィクションライター

 今国会では、安全保障関連法案、派遣法改正案など大型法案が目白押しだ。戦後最大となる95日間の会期延長(9月27日まで)を決定した。だが、そんななかで国民のプライバシー侵害についてのある法案が進行しているということはあまり知られていない。

  それは、通称“盗聴法”と呼ばれる、通信傍受法の改正案である。今回の国会での法案の正式名称は「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」。刑法、刑事訴訟法、組織犯罪処罰法、通信傍受法などの改正案を一本にまとめているため、パッと見ただけでは“盗聴法”が含まれているとはわからない。

シュプレヒコールをあげ、通信傍受法の廃案を訴える人たち=1999年6月、東京都千代田区の日比谷公園シュプレヒコールをあげ、通信傍受法の廃案を訴える人たち=1999年6月、東京都千代田区の日比谷公園
  そもそも、小渕政権下で強行採決され、2000年に施行された通信傍受法は、警察や検察が捜査で電話などから傍受できる犯罪を薬物関係、銃器、組織的殺人、集団密航の4つに限定されてきた。今回の改正案は、これに組織的な窃盗や詐欺、児童ポルノなど9つのパターンを追加する内容。“盗聴”の幅は大きく広がるのだ。さらにNTTなどの通信事業者の立ち会いも不要。これまでは、捜査官が通信事業者の施設などに行き、社員の立ち会いのもとで傍受を行っていた。しかし、特定の機器を使用すれば、その立ち会いも不要になるのだ。

  「一般人である立ち会い人の存在は捜査官らに対して心理的な抑制を与えてきた。傍受できる犯罪の類型を増やすというのは、組織的な犯罪の増加で理解できる。しかし立ち会い人の排除は『より自由に“盗聴”ができるように』という意図以外考えられない」(全国紙社会部記者)

  今回の法改正の契機となったのは、2010年に発覚した大阪地検特捜部の証拠改ざん事件。検察の悪行への対策として、法制審議会(法相の諮問機関)は取り調べの可視化の導入を進めていた。それが3年にわたる議論の中で骨抜きにされ、可視化の導入とセットに司法取引の導入と盗聴法の拡大を取りまとめたのだ。捜査手法の改善を目的としていたはずが、いつのまにかそれと引き換えに捜査権限の拡大が行われてしまっていたのだ。

 この「いつのまにか感」がもの凄い。驚くべきほどに捜査権限が拡大されているのである。

 現場の捜査員らは一様に、「これで捜査が格段にしやすくなる」と、これを歓迎する声が上がる。当たり前だろう。被害者の次に犯罪や組織犯罪に煮え湯を飲まされているのは、彼ら彼女ら捜査員だからだ。

 そして市民の間からも「悪いことをしているわけではないので、話を聞かれても平気」という安心感と言えばよいのか、無関心に近いものが少なくない。

 盗聴法の拡大において当局が念頭に置いているのは、年々増加する振り込め詐欺だ。2014年の振り込め詐欺に代表される特殊詐欺の被害額は過去最悪の約559億円。2015年も同程度あるいは過去最悪を更新する勢いだ。振り込め詐欺グループの全容を把握するために、この傍受範囲の拡大が大きな効果を生むと期待されている。

  2000年の施行から14年までのこの15年間で、捜査機関は283件の傍受令状を裁判所に請求し、実に87814回の電話やメールを“盗聴”していた。しかし、このうちの85%は一切事件に関係ないものだったという。確かに該当する電話やメールが捜査に本当に関係あるかどうかという判断は非常に難しい。しかし、そのジャッジを捜査機関にゆだねてしまえば、個人の思想・信条を調査することにも

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