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拍手の意味――長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典

被爆者・谷口稜曄さんが「集団的自衛権の行使容認」に言及したときの異例の反応

大久保真紀 朝日新聞編集委員(社会担当)

「平和への誓い」を読み上げる谷口稜曄さん=2015年8月9日、長崎市の平和公園拡大「平和への誓い」を読み上げる谷口稜曄さん=2015年8月9日、長崎市の平和公園
 8月9日。今年も私は長崎市で開かれた原爆犠牲者慰霊平和祈念式典の会場にいました。

 午前11時10分すぎ、被爆者代表として壇上に上がったのは、谷口稜曄(すみてる)さん(86)。爆心地か1.8キロのところで、自転車に乗って郵便配達をしていて被爆し、背中一面に大やけどを負った方です。真っ赤に焼けただれた背中を上にして、うつぶせの状態で写った当時の谷口さんの写真を見た人は多いのではないでしょうか。

 その谷口さんが式典で壇上に立つのは、2回目です。被爆から70年。戦後70年の今年、谷口さんは力強く、「平和への誓い」を読み上げました。

 米国が投下した原爆によって、何か起きたのか。谷口さんはこう語りました。「一瞬にして7万余の人々が殺されました。真っ黒く焼け焦げた死体。倒壊した建物の下から助けを求める声、肉はちぎれ、ぶらさがり、腸が露出している人。かぼちゃのように膨れあがった顔。眼が飛び出している人。水を求め、浦上川で命絶えた人々の群れ。この浦上の地は、一晩中火の海でした。地獄でした」

 背中に大やけどを負った谷口さんは、2晩山の中で過ごし、3日目の朝に救出されます。「3年7カ月の病院生活、そのうちの1年9カ月は背中一面大火傷のため、うつ伏せのままで死の淵をさまよいました。そのため、私の胸は床ずれで骨まで腐りました。今でも胸は深くえぐり取ったようになり、肋骨の間から心臓の動いているのが見えます」

 後半、「戦後、日本は再び戦争はしない、武器は持たないと、世界に公約した『憲法』が制定されました。しかし、今集団的自衛権の行使容認を押しつけ、憲法改正を推し進め、戦時中の時代に逆戻りしようとしています」と谷口さんが話すと、話の途中にもかわらず、会場から拍手が起こりました。

 「今政府が進めようとしている戦争につながる安保法案は、被爆者をはじめ平和を願う多くの人々が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆そうとするもので、許すことはできません」。そう谷口さんが続けると、一斉に大きな拍手が鳴り響きました。

 「私はこの70年の間に倒れた多くの仲間の遺志を引き継ぎ、戦争のない、核兵器のない世界の実現のため、生きている限り、戦争と原爆被害の生き証人の一人として、その実相を世界中に語り続けることを、平和を願うすべての皆さんの前で心から誓います」と最後の一文を読み上げると、さらに大きな拍手がわき起こりました。谷口さんが自分の名前を告げ、壇を下りるときも再び大きな拍手が起こり、その音はずっと鳴りやみませんでした。

 ここ数年、現地で式典を見てきましたが、これほどの大きな拍手は珍しいことです。

 実は、谷口さんの前に壇上に立ち、「長崎平和宣言」を読み上げた田上富久・長崎市長に対しても、大きな拍手が起こっていました。「現在、国会では、国の安全保障のあり方を決める法案の審議が行われています。70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、今揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています。政府と国会には、この不安と懸念の声に耳を傾け、英知を結集し、慎重で真摯な審議を行うことを求めます」と田上市長が読み上げると、会場からは大きな拍手が2度起こり、宣言を読み終わった後もしばらく拍手は続きました。

 長崎の平和宣言は、市長を含む被爆者や専門家ら成る起草委員会が議論をし、作られます。今年の委員は昨年同様15人でしたが、新しい人が3人に加わった代わりに、7~15年起草委員を務めていた3人の大学教授らが委員から外されました。昨年、改憲や集団的自衛権の行使容認に強く反対した方々だったそうです。そうした市の対応に、被爆者らからは懸念の声があがっていました。

  市が当初示した平和宣言の原案は、安保法案については何も言及していませんでした。しかし、起草委員から異論が相次ぎ、最終的に、田上市長が読み上げた前述の表現が盛り込まれました。ただ、明確な反対ではなく、「慎重で真摯な審議を求める」という言い回しでした。

 実は、 ・・・続きを読む
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筆者

大久保真紀

大久保真紀(おおくぼ・まき) 朝日新聞編集委員(社会担当)

1963年生まれ。盛岡、静岡支局、東京本社社会部などを経て現職。著書に『買われる子どもたち』、『こどもの権利を買わないで――プンとミーチャのものがたり』、『明日がある――虐待を受けた子どもたち』、『ああ わが祖国よ――国を訴えた中国残留日本人孤児たち』、『中国残留日本人』など。

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