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前人未到の五輪3連覇、稀代の柔道家野村が引退

40までの現役で見せた苦闘、「心がボロボロになることはなかった」

増島みどり スポーツライター

柔道全日本実業個人選手権級2回戦で相手を攻める野村忠宏選手(右)=2015年8月29日、兵庫県尼崎市柔道全日本実業個人選手権級2回戦で相手を攻める野村忠宏選手(右)=2015年8月29日、兵庫県尼崎市
 8月31日、大阪市内で行われた引退記者会見でひな壇の前に座った野村忠宏の表情は柔らかかった。わずか2日前の29日、勝負師として最後の試合(全日本実業個人選手権、尼崎)に挑んだばかりなのに、不思議なくらいに。

  しかし、2日で柔和な表情に変貌した様子は、もはやステロイド注射のほか緩和する手だてがなかった両膝、肩の痛みに耐え、練習の度に、ぞっとするほど長いテーピングで鋼の身体を防護し、思う柔道ができない自分との葛藤を続けた日々が、どれほど厳しい時間だったのかを表しているようにも思え、どこかで安堵した。

  引き際について記者から質問が飛んだ。

  「引退を決断するときは、体がボロボロになるのか、心がボロボロになるのか、それとも両方なのか、とずっと考えてきました。でも、分かったのは、心がボロボロになることは絶対になかった、ということです」

  記者への「答え」だけではない。

  恐らく、伸び悩み、ケガに苦しんでいるトップアスリート、またベテランと呼ばれ、引き際を思案する選手たち皆が、野村に尋ねたかった問いであったはずだ。37年間、競技への情熱や愛情が失せたことは絶対にない。それは年齢を問わず、全てのトップアスリートたちにとっての希望の道標にもなる。

  会見中柔道の技に話が及ぶと、ライバルたちを震え上がらせた「つり手」をつい無意識にポーズしながら、「誰かあまり使っていない膝を、自分と交換してくれるならまだやりたい」と、会場中を和やかな笑いに包み込む。ひな壇右手には、偉大な功績を語る金メダルが3つ並べられていたが、1時間半近くの会見で絶えなかった清々しい笑顔は、それらの輝きに勝るかのようだった。

背負いの芸術家が磨いた技と心

  取材を通じて触れた偉大な柔道家はいつも繊細で、どこか怖がりで、情けない部分を決して隠さない男だった。

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