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日本サッカーの命運を握る五輪最終予選

3枚の五輪切符めぐる18日間の激闘は、ドーハでの苦手な集中開催という難問

増島みどり スポーツライター

五輪1次予選のマレーシア戦で相手選手と競り合う久保(中央)=2015年3月31日、マレーシア・シャーアラム拡大五輪1次予選のマレーシア戦で相手選手と競り合う久保(中央)=2015年3月31日、マレーシア・シャーアラム
 16カ国が出場しながら、五輪行き切符はわずか3枚しか用意されていない。リオデジャネイロ五輪アジア最終予選を兼ねるU23(23歳以下)アジア選手権が、中東のカタール・ドーハで始まった。歓迎すべき状況では決してないが、1996年アトランタ五輪から6大会連続出場を狙う代表、関係者がこれほど緊張感を持って臨む最終予選も久しぶりではないか。2020年に東京五輪を控えるだけに、ここで出場できなければそのダメージは計り知れないだろう。

 関係者のかつてない緊張感の理由は、出場枠が3に減少した厳しさだけではない。

  第一に、この世代の国際舞台での経験不足がある。五輪世代にとっては、まさに大きな「関門」のひとつ、U20ワールドカップ(W杯)アジア予選で敗退している。準々決勝でPK負けした相手は今大会、グループリーグ初戦で(13日)対戦する北朝鮮だ。

  対戦相手の特徴も各国様々で、守備的、あるいは攻撃的といったサッカーの多様な戦術に対応しきれるか不安が残る。国際経験の乏しさは、戦術面だけではなく、緊迫した試合で勝ち切るためのメンタルタフネスにも影響を及ぼすかもしれない。

  また、エース南野拓実(ザルツブルク)、FW久保裕也(ヤングボーイズ)と海外組がおり、欧州シーズンの真っただ中の彼らと、シーズンが終わったばかりのJリーグ組とのコンディションには開きがある。欧州組は、寒い場所から急に高温多湿のドーハに入る。決勝トーナメントでは延長になると120分を戦い抜かねばならず、両者のコンディションのばらつきがどこまでまとまるか未知数だ。

  1次予選を突破した後、海外遠征を実施できたのは昨年12月とわずかに1回。国内合宿でも、Jリーグ終盤のために招集制限がかかり、12月に石垣島でキャンプを行った際も南野は不参加。こうしたコンビネーションのばらつきから、最後のキャンプまで2選手の選考を行うなどチームが固まったのは現地に入ってからとなってしまった。

ホーム&アウェーの長期戦から、セントラル方式の一発勝負に

  何より試合方式の変更が、今予選の行方をさらに混沌とさせる。

  おなじみの「ホーム&アウェー」が今回、「セントラル方式」(1カ所での集中開催)に変更された。1月12日の開幕(シリア対イラン)から30日まで、ドーハで全ての日程を消化しなくてはならない、緊迫の一発勝負である。

  もともとアジアは極東と言われる日本から湾岸諸国まで広範囲で、しかも国際試合のできるスタジアムを持たない国さえ多い経済格差からも、大陸予選に、欧米のような「ホーム&アウェー方式」はそぐわなかった。このため、アジア特有ともいえる1カ所で全日程をこなす「セントラル方式」が実施されてきた歴史がある。

  ホーム&アウェーも過酷だが、日程的には余裕もあり、選手の入れ替えや新しい選手の成長、戦術面でホームでの修正はきく。しかしセントラルでは、選手起用、日程全てにおいて時間も余裕もない。

  理不尽な「アウェーの洗礼」とはよく言われるが、1試合ならばタフな日本選手に何の問題はない。しかし3週間、様々な「洗礼」が待ち構える可能性がないわけでもない。

  事実、セントラルを苦手とする日本がこの方式の最終予選を突破できたのは、96年のアトランタ五輪の予選(マレーシア)まで遡る。これを最後に、W杯も含め、アジア予選は原則ホーム&アウェーで行われるようになった。五輪もA代表も、いわば長丁場での地力を活かす予選方式を突破し連続出場を果たしており、選手も、スタッフも協会関係者も、忘れかけていた難問を久々に出題された格好だ。

  96年でも8チームで今回は16チームとなり、日程はさらに過密に。13日北朝鮮、中2日で16日にタイ、19日にサウジアラビア。このB組で上位2位となり、8チームによる決勝トーナメントがいよいよスタートする。2つ勝って決勝に進出すれば出場決定。準決勝で敗退すれば、3位決定戦まで3試合も勝たねばならない。

  「過去どの監督も日程、コンディション、対戦相手、環境全てに勝たねばならないため、最後は突破を喜ぶ力も残っていないほど消耗していた」

  過去、技術委員長、団長といった立場で、現場支援をしてきた田嶋幸三・日本協会副会長(58)は話す。しかし、力強いプラス材料がある。

東日本大震災のあと仙台を過去最高成績に導いた東北人・手倉森監督

 「あれほどどっしり構えているのはとても頼もしい」と田嶋副会長が称賛する、手倉森誠監督(てぐらもり・まこと、48)の手腕である。

  アトランタの西野朗、A代表と兼任したシドニーのトルシエ、アテネの山本昌邦、北京の反町康治、ロンドンで4強進出を果たした関塚隆の各監督に比較すると、合宿や遠征の少なさもあって注目される機会が少なかった。東日本大震災で大きな被害を受けながら、その年、クラブ(仙台)を4位にまで導いた強く、粘りの精神力を持った青森出身の東北人だ。もし、選手に修羅場の経験が少ないとすれば、監督はそれを一手に引き受けて立つかもしれない。

  1月2日出発の日、「リオに行った初夢を見た。これは予知夢です」と笑顔で明かし、報道陣を笑わせた。さらに仙台市内の大崎八幡宮への恒例の初詣で引いたおみくじは大吉。「昇り竜の如く勝ち続ける、と書いてあった」と、完璧すぎる正月ネタを披露して現地に乗り込んでいった。

  緊迫感あふれるメンバー発表会見でも、「主将は遠藤航(わたる)だけれど、出場権は渡さない」とダジャレを飛ばす余裕は決して忘れない。

  08年、成績不振で毎年監督が交代する仙台に就任した当初、しかし補強はゼロとフロントから告げられる。しかし新任監督は ・・・続きを読む
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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

スポーツライター。1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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