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[1]絶対的終身刑を設けるべきだ

世論調査での存続賛成派は8割超すが、死刑はきわめて凶悪的な例外的事案に限定を

瀬木比呂志 明治大法科大学院教授

 2015年12月18日、法務省は、裁判員裁判により死刑判決を受けた死刑囚について、初めて、死刑の執行を行った。

 これを機会に、元裁判官の法学者として、いま一度、死刑について考えてみたい。そして、読者の方々にも、考えてみていただきたい。

 日本においても、戦後、知識人や政治家により、死刑に疑問を投げかける議論や運動がかなりの数行われてきた。しかし、以前にはなかったような態様での凶悪な殺人事件が日本にも現れるようになるに伴い、2000年代以降、そのような議論はあまり行われなくなり、また、世論調査にみる死刑存続賛成派の割合は、8割を超える高率を記すに至っている。

 世界標準からすれば、日本は、凶悪犯罪を含め犯罪一般のきわめて少ない国であり、それが日本という国の長所の一つであることは、世界が認めている。そのことは今も変わりないのだが、確かに、近年、世間の耳目を集める突出した凶悪犯罪が、その数は多くないとしても続くようになっており、治安という観点からは一般的にいえば平和な日常生活の送れる国である日本の国民、市民からすると、「そうした犯罪は到底許しがたいものであり、死刑がなくなっては困る」ということなのであろうかと考える。

 私も、そのような意見は理解できる。しかし、私は、元民事系裁判官の民事訴訟法学者であり、思想的には、経験主義やプラグマティズムの影響を受けた欧米標準の自由主義者、個人主義者なので、その観点から、つまり、ある程度高いマクロ的な視点から、死刑について考えるところを記してみたいと思う。

 議論に先立って、私自身の考え方をまとめておく。以下のようなものである。

 「将来の方向としては、可能な限り早期の死刑廃止あるいは事実上の廃止が望ましいが、国民感情からこれを早期に廃止することが難しい、あるいは適切ではないというのであれば、当面は、死刑はきわめて凶悪な例外的事案(死刑廃止賛成派の国民の大半も『この事案ではさすがに死刑もやむをえないかもしれない』と考えるような事案)に限定すべきであり、また、情況証拠しか存在しない事件では、通常の事件よりも誤判の可能性が高い以上、死刑は避けるべきである」

 死刑に代わる刑罰としては、重無期刑(刑期途中での仮釈放の可能性を認めない無期刑。すなわち絶対的終身刑)が相当と考える。

 これについては、受刑者の人格崩壊のおそれや受刑者が開き直るため管理が困難になることなどを理由とする反対論がある。

 しかし、死刑囚の心情としては「ともかく死にたくない」というのが一般的である。そのことについては、多数の書物に記されてきているし、 ・・・続きを読む
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筆者

瀬木比呂志

瀬木比呂志(せぎ・ひろし) 明治大法科大学院教授

1954年名古屋市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。裁判官として東京地裁、最高裁などに勤務、アメリカ留学。並行して研究、執筆や学会報告を行う。2012年から現職。専攻は民事訴訟法。著書に『絶望の裁判所』『リベラルアーツの学び方』『民事訴訟の本質と諸相』など多数。15年、著書『ニッポンの裁判』で第2回城山三郎賞を受賞。

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