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ノルウェーのプリンシパル西野麻衣子の異色(下)

「良いスタイルをもっている」という評価、留学費用の工面に両親は自宅を売って

菘あつこ フリージャーナリスト

中学を卒業すると欧州へ渡りバレエを学んだ西野麻衣子=2013年5月、大阪府高槻市拡大中学を卒業すると欧州へ渡りバレエを学んだ西野麻衣子=2013年5月、大阪府高槻市
 身長172センチと日本人女性としてはかなり長身の彼女、長い手脚を使った、ある時はパワフル、ある時は情感豊かな表現は、どこか日本人ばなれしているようにさえ見える。

  そんな彼女がバレエに出会ったのは5歳の時、叔父の結婚披露宴で、花嫁の妹、当時・大屋政子バレエ団の森真美さんが踊ったオーロラ姫を観たことだった。強く惹かれ「バレエをやりたい」と頼み込み、6歳の時、近所にできたばかりの橋本幸代バレエスクールに通い始めた。それから間もなく、大阪で行われたハンブルク・バレエ団公演「くるみ割り人形」(ノイマイヤー版、少女がバレリーナになる物語として演出されている)を観て、「大人になったら、外国で踊るバレリーナになりたい」と言って周囲を驚かせたというエピソードを聞いている。

  生来、踊ることが好きでたまらない上に努力家、橋本幸代のきめ細かな指導を受け着実に一歩一歩上達していったのだろう。小学校6年生の時、スイス人の指導者、ハンス・マイスターの講習会に参加した折、「真剣にバレエをやるなら、スイスのサマースクールに来なさい」と言われて、中学1年生の夏休みに一人でスイスに。嬉しくてたまらなかったそうだ。

  そして、中学を卒業すると高校には行かずに、すぐにスイスに。イギリスの英国ロイヤルバレエ学校に合格し、その秋に入学した。これは映画で知ったのだが、スカラシップでもない彼女の留学費用を工面するため、両親は自宅と車を売り祖父母の家に移ったのだという。

  ロイヤル・バレエ学校には、コンクールで優秀な成績をおさめた日本人が何人もいた、その人たちはバレエ・テクニックを何でもこなす。「私はそうじゃなかったので悩みました」と西野。だが、担任のカティア・ズベリビロバ先生は「バレエは雑技じゃなくてアート、あなたは良いスタイルを持っている ・・・続きを読む
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筆者

菘あつこ

菘あつこ(すずな・あつこ) フリージャーナリスト

フリージャーナリスト。立命館大学産業社会学部卒業。朝日新聞(大阪本社版)、神戸新聞、バレエ専門誌「SWAN MAGAZINE」などに舞踊評やバレエ・ダンス関連記事を中心に執筆、雑誌に社会・文化に関する記事を掲載。文化庁の各事業(芸術祭・アートマネジメント重点支援事業・国際芸術交流支援事業など)、兵庫県芸術奨励賞、芦屋市文化振興審議会等行政の各委員や講師も歴任。著書に『ココロとカラダに効くバレエ』。

 

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