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放置される子供の貧困(下)

負の連鎖を絶つため、ひとり親世帯の住宅支援、返済しなくていい奨学金は実現を

町亞聖 フリーアナウンサー

「1人の人間」として自立するために

子供を保育園に預け、介護の職業訓練コースで学ぶシングルマザー=2015年4月2日、東京都豊島区拡大子供を保育園に預け、介護の職業訓練コースで学ぶシングルマザー=2015年4月2日、東京都豊島区
 ひとり親世帯の貧困率は54.6%で、先進20カ国の中でこれも最悪だ。しかも8割の世帯は働いているのにもかかわらず貧困に陥っている。千葉県で家賃が払えずに強制退去を迫られた母親が中学生の娘を殺害した事件があった。シングルマザーの母親は学校の給食センターで懸命に働いていた。しかし周囲も貧困には気が付かず、仕事をしていることを理由に生活保護も断られていたという。もし真剣に向き合ってくれる第三者がいたら子供は命を奪われることは絶対になかった。

  生活保護の問題はここでは触れないが、生活保護は一生を保障してくれるものではなく一時的な緊急避難措置だ。受給者の抑制や不正受給を防ぐために水際となる窓口で厳しく審査しているという話を聞くが、本当に救済を必要とする人に手を差し伸べるのは福祉行政の責務である。

  「女性や子供の貧困」がクローズアップされているが、今から25年前の18歳の時に両方を経験した1人として“女性と子供”とあえて括ることにずっと違和感を持っている。誰しも好きで貧困に陥るではない。貧困なのは彼女達を救い出せない制度や環境、そしてこの国のことではないか。私の場合は母の介護が原因だが、母が倒れても父の酒癖は変わらず、母は障害者・・・・・・。自分の運命を呪い、道を踏み外しても仕方がないと思われる状況だった。

  しかし、誰かのせいにしても自分の未来は切り開くことが出来ない。私が心に決めたのは「親に頼らずに生きる」ということだった。子供だから女性だからではなく「1人の人間」として自立するために必要なものの答えを私は知っている。自分自身の選択肢を広げるため、自分の身を守るための「教育」と生活するための「仕事」、そして路頭に迷わないための「住まい」である。

「本当に良かった」母と2人で泣いた日・・・

  役所の手続きでは我が家にも苦い思い出がある。母が重度の障害者になり障害年金を申請することになったが申請から支給されるまでに3年という長い時間がかかった。私も無知だったが障害年金を受給するためには、国民年金に加入している期間の3分の2をきちんと納めていること、そして障害が確定した日からさかのぼって1年間を完納していることが条件だった。辛うじてこの条件はクリアしていたが、もしどちらかの条件を満たしていなかったら母は障害年金をもらうことは出来なかった。

  車椅子の母を連れて市役所に通う10代の私。市役所には ・・・続きを読む
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筆者

町亞聖

町亞聖(まち・あせい) フリーアナウンサー

フリーアナウンサー。1995年、日本テレビにアナウンサーとして入社。その後、報道局に移り、報道キャスター、厚生労働省担当記者としてがん医療、医療事故、難病などの医療問題や介護問題などを取材。2011年、フリーに転身。脳障害のため車椅子の生活を送っていた母と過ごした10年の日々、母と父をがんで亡くした経験をまとめた著書『十年介護』を出版している。現在、TOKYO MX「週末めとろポリシャン!」(金曜午前11時~12時)、文化放送「大竹まことのゴールデンラジオ!」(水曜午後1時~3時30分)などに出演。

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