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[6]殺人者に「殺人」という死刑の応答でいいか

前近代で死刑制度が長期間行われなかった日本は世界でも稀有な存在だった

瀬木比呂志 明治大法科大学院教授

 なぜ、日本では、世界の趨勢に逆行して、死刑存続の方向、厳罰化の方向へと世論が動いてきているのだろうか?

  すでに記したとおり、おそらく、近年、残虐で凄惨な殺人事件が日本でも目立つようになってきたということが、その大きな理由なのだろう。

  しかし、日本における他殺者の人数についてみると、1947年から2014年までで2013年が最低、2014年が2番目であり、また、2014年の人数は357人であって最も多かった1955年の2119人の約6分の1にすぎず(厚生労働省「人口動態統計」)、殺人発生率は、世界でもほぼ最低のレヴェルなのである。つまり、この点で、アメリカとは全く事情が異なるのだ。

  そして、前記のような世論を先導し、追認している日本の刑事司法はといえば、「人質司法」による冤罪の問題等で海外からの批判も強く、国連においても「中性並み」と批判されるような状況なのである(『ニッポンの裁判』66頁、107頁)。

  また、日本人が昔から厳罰志向の民族だったというわけでもない。

  平安時代には、嵯峨天皇が818年に盗犯に対する死刑を停止して以来、死刑の範囲が縮小するとともに実際に執行されることがなくなり、やがて全面的な死刑の停止が先例(慣習法)として確立され、その後、1156年まで、約340年もの長きにわたって、全国的に平時死刑は廃止され、京においては平時・戦時例外なく死刑執行は停止されていた。

  前近代においてこれほど長期間死刑が行われなかった例は、世界史上ほかに存在しないという。私は、この先例について、日本が世界に誇ってよいことの一つではないかと考える。

死刑確定者に対する再審「松山事件」の判決公判で斎藤幸夫・再審被告は無罪を言い渡された=1984年7月、仙台地裁拡大死刑確定者に対する再審「松山事件」の判決公判で斎藤幸夫・再審被告は無罪を言い渡された=1984年7月、仙台地裁

  私が子どものころ、多分小学校中学年くらいのことだったと思うが、当時人気のあった『七人の刑事』というテレビドラマ(TBS)の一話に、こんな話があった。

  「記憶喪失になった男が、ただ、『死刑廃止』のみを訴え続けているため、殺人事件の容疑者ではないかとして捜査が行われる。しかし、実は、男は、死刑の執行に当たる法務省の役人であり、その仕事の重圧から記憶を喪失してしまったことが判明する」というものだ。

  子どものころの記憶だから細部は誤っているかもしれない。しかし、 ・・・続きを読む
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筆者

瀬木比呂志

瀬木比呂志(せぎ・ひろし) 明治大法科大学院教授

1954年名古屋市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。裁判官として東京地裁、最高裁などに勤務、アメリカ留学。並行して研究、執筆や学会報告を行う。2012年から現職。専攻は民事訴訟法。著書に『絶望の裁判所』『リベラルアーツの学び方』『民事訴訟の本質と諸相』など多数。15年、著書『ニッポンの裁判』で第2回城山三郎賞を受賞。

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