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複眼を追っかける

いつか命を奪いにくる臓器のおかげで私たちは今日を生きる。それが生と死の原則だ

徳永進 野の花診療所医師、ノンフィクション作家

 一冊の本を出版させてもらった。「どちらであっても」(岩波書店)。

 本が出て、あの話し書けばよかった、この話しも、と思った。書きそびれたと思うことは滅多にない。副題は「臨床は反対言葉の群生地」。

 副題がぼくには主題だった。「〈はじめに〉か〈おわりに〉かのどちらかを書いていただければ本は完成です」と編集者に言われ「はじめに」を選んだが、「おわりに」を選んでいたら、こんな話を書き加えただろうと思われることごとを連ねてみた。

☆1. 群生地

 群生という言葉が好きだ。

 大根や白菜、レタスが畝(うね)に生い茂っていても、群生とは言わない。ビニールハウスの中に、トマトやイチゴが赤い実と緑の葉を茂らせていても群生ではない。

 原っぱのちょっと向こうの日陰のところにフキの群生地はある。山道をちょっと分け入ったところに、シダの群生地がある。人気の少ない川の中にクレソンの群生地がある。

 人の力じゃなく、自然の力で群生地が生まれる。群生地には生命が溢(あふ)れる。「いのちって、いいものだなあ」と、群生地を見ていると、思える。

 臨床にいると、いろんな反対言葉に出会うけど、出会っているうちに反対言葉の群れって、原っぱの向こうのフキの群生地に似ていると思った。

 反対言葉も生命を持った生き生きしたもののように思える。「反対言葉って、いいもんだなあ」「臨床という群生地って、いいものだなあ」と言ってみたかった。

☆2. 仏と人

谷川俊太郎さん(左)と徳永進さん=インドで拡大谷川俊太郎さん(左)と徳永進さん=インドで

 5年前、谷川俊太郎さんと7、8人の知人たちでインドを旅した。ブッダの生地を訪ねたり、マザー・テレサの家を訪ねたり、ガンジス川へ行ったりした。

 旅の終わりにブッダが悟りを開き、それをサルナート(バナラシの近く)にあるストーゥパ(仏塔)で5人の弟子に語ったという場所へ行った。

 仏塔を背に谷川さんが、旅の途中で作った一篇の詩を朗読した。ホテルのベッドシーツを一枚拝借し、それで身を覆った谷川さんを前に、ぼくらはひれ伏し、聞き入った。詩は三節あったが、その一部だけを紹介する。こんな詩だった。

 ―「ガヤの村でゴータマに」

 生身のあなたを見たかったのだが あなたは樹下にいなかった(略)/生身のあなたに会ってみたかった 出家しようと決意したとき どんな言葉でそれを妻に告げたのか 子どもの寝顔に何を思ったのか 仏に近づこうとすれば 人から遠ざかる その解き難い矛盾を生きることを いつどうやって我が身に引き受けたのか(略)

 まるで弟子、の我々は、活字ではなく音から始まる、という詩の世界を初めて体験した。

 「仏に近づこうとすれば人から遠ざかる」が耳から心にすーっと入った。われわれは、ひれ伏す姿勢を続けながら、落涙を阻止し、感服し、しばしの無言。

 谷川さんに「うそ」(詩集「はだか」)という詩がある。

 「うそでしかいえないほんとのことがある」という一行がある。ほんとにあこがれうそといっしょにいきていく、とある。詩人は、いつも反対語を複眼視し、世界の深まり、いや、世界のそのまんまを私たちに届ける。

☆3. 転移と逆転移

谷川俊太郎さん(左)とインド・コルカタのタゴール記念館で拡大谷川俊太郎さん(左)とインド・コルカタのタゴール記念館で

 医療の中にもいろんな反対言葉がある。心理学や精神医学の中にも。精神科領域の言葉でアンビバレンス(両価性)がある。家族の中ではよく生じる。

 「お母さん、好きだけど、最近強引、嫌い」など。災害避難地の住民の気持ちにも表れる。「懐かしい故郷、早く帰りたい、でもまた余震来るかと思うと、怖いし帰りたくない」

 臨床でも生じやすい。「よく話を聞いてくれて良い医療者」と慕われたとする。医療者も「大変な状況を抱えていて気の毒、少しでも力になりたい」と思う。

 この肯定的な一歩踏み込んでいく感情の現象を「転移」と呼ぶ。お互い、親身になれる。

 ところが、忙しくてその人の部屋へ遅れて行ったり、行けなかったとする。

 「他の患者さんの方に優しくしてあげていた」「私なんてどうでもいいんだ」と否定的な感情が患者さんに生まれる。

 「わがままだなあ」「こっちだって忙しいよ」と医療者も自己正当化を計り、お互いが否定的な感情を持つことがある。

 この感情の現象を「逆転移」と呼ぶ。

 臨床は両方が生じる矛盾の場。上面をていねいにやれば済む場ではない。誠意の深みが問われる試練の場。決まった一つきりのノウハウ、などない。

☆4. あの世この世

 日々の診療所の様子を記そう。臨床って代わり映えしない場といえばそうだし、一日一日、刻々と変わる場と言えば、そうだし。

 尿管がんの65才の男性が、日曜日のぼくの診療所を受診した。下腿と陰部の浮腫に対応して欲しいと。総合病院で診断を受け、治療の予定になっていたが、日曜日の診察は断られた。

 「待てない! 痛いんだ! 腫れを取ってくれ!」。さらに「なんで尿管みたいなもんががんになるのだ!」と怒りをあらわにした。

 私たちは日々意識しないが、多くの臓器のおかげで生命現象を営んでいる。どの臓器もがんになったり破綻する宿命をもつ。

 がんになったり破綻した臓器は私たちの命を奪いにくる。

 いつか命を奪いにくる臓器のおかげで私たちは今日を生きる。それが生と死の原則だろう。

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筆者

徳永進

徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師、ノンフィクション作家

1948年、鳥取県に生まれる。京都大学医学部を卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、1978年から鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始める。今年で15年目となる。1982年『死の中の笑(え)み』(ゆみる出版)で、第4回講談社ノンフィクション賞を受賞。1992年、第1回若月賞(独自の信念で地域医療をしている人に贈られる)を受賞。著書には『隔離』(ゆみる出版)、『死ぬのは、こわい?』(イースト・プレス)、『詩と死をむすぶもの』谷川俊太郎さんとの共著(朝日文庫)、『野の花ホスピスだより』(新潮社)、『こんなときどうする?』『野の花あったか話』(岩波書店)、『ケアの宛先』(雲母書房)、『在宅ホスピスノート』(講談社)、『団塊69』(佼成出版社)などがある。

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