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検察に期待せず検察審査会が甘利前大臣を起訴せよ

検察の不起訴理由は理解不能、裁判官が本当の判断をすべきだ

河合幹雄 桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)

経済財政相の辞任会見で厳しい表情の甘利明氏=2016年1月28日、東京都千代田区拡大経済財政相の辞任会見で厳しい表情の甘利明氏=2016年1月28日、東京都千代田区
 週刊文集の記事により、甘利明・経済再生大臣(当時)とその秘書が、都市再生機構(UR)に対する「口利き」の報酬として業者から現金を受け取ったとされる事件が、年初に表面化した。

  文春によれば、というより、業者によればだが、秘書がURの道路用地買収をめぐるトラブルに関して、UR側との交渉に臨み、結果として、UR側に2億2000万円の補償金をその業者に支払わせ、2013年8月に、その謝礼として500万円を受け取った。

  さらに、甘利大臣も、業者と直接面談し、URと業者との産業廃棄物処理に関する別のトラブルについての補償交渉への加勢を依頼され、同年11月に大臣室、14年2月には神奈川県内の事務所で、現金50万円ずつ計100万円を直に受領したという。また、別の秘書が同じ業者からこの件で600万円受領したこと、URの職員に実際に面談したこと、政治資金収支報告書の記載は、これらの業者の主張する金額と食い違っていることなどが報じられている。

  現金を渡したと主張する業者は、会話を録音しているということで、甘利氏と秘書のあっせん利得処罰法違反は確実かと思われた。ところが、先日、東京地検は、甘利氏と元秘書をともに不起訴とした。理由は、UR側への働きかけが「影響力の行使」とまで言えないということであった。

  確かに、甘利氏と元秘書は、業者との間のやり取りは録音があっても、UR側とのやりとりは明確ではない。証拠が不十分と言われれば、一見納得しそうになるが、より根本的な問題がある。証拠不十分の判断を、検察がして不起訴にしておしまいにするのか、起訴して証拠を吟味したうえで裁判官が判断するのかということである。

  とりわけ、この事件のように、証拠が完全ではないにせよほとんど揃っている場合には、起訴すべきではないかということである。

  刑事訴訟法が起訴便宜主義をとる以上、検察は不起訴を選べるわけだが、その方針について一言したい。それは、検察の起訴の方針は変わったのではなかったのかという論点である。

  明治維新以来、日本は唯一の近代化に成功した非西洋国家と言われ、欧米から継受した法による統治システムを日本社会に「適応」させてきたという評価がある。

  なにしろ、気持ちを贈物で示し、人間関係に飲食が伴う文化において西洋法を杓子定規に適用すれば付き合いがあれば贈収賄ということになってしまう。

  そこで政治家、官僚と業者の「親密」な関係を、良いものと悪いものに分けて「慎重に」起訴対象を選ぶのが検察の仕事、言い換えれば、良い政治家と良い官僚は見逃すのが特捜部の仕事であった。起訴便宜主義は、検察に、国民に代わって政治家を裁く権限を与えていたようなものだった。

  したがって、古い検察のやり方とは、良い政治家は金品の受け取りがあっても見逃す方針であったと考える。戦後においても、その善悪の判断基準には、資本主義陣営に留まるというものも含まれ、多くの政治家と官僚が見逃されてきたと思われる。

  しかし状況は変わったはずだ。政党に対する税金からの大金の交付とセットに導入された、1994年の政治資金規正法の改正以降は、金品の受け取りは、もはや賄賂でしかないということではなかったのか。検察OBである堀田力氏が、甘利氏を起訴すべきと発言されているのはこの趣旨だと思う。

  こうしてみると、検察が、不起訴にした理由は「理解不能」ということになる。その結果、根拠不十分の憶測が飛び交うことになっている。たとえば、刑事司法改革・可視化法案を、今国会成立してもらうために起訴を控えたであるとか、自民党寄りだから、あるいは自民党から圧力をかけられた結果であるとかいうことだ。私は、これらの詮索にはあまり意味がないと考えている。

  それより非常に重要な論点が残されている。それは、起訴便宜主義を採用する一方で、検察審査会による強制起訴が可能となっていることである。司法改革と呼びながら、裁判員制度で何が変わったのかという批判的な意見もあるが、検察審査会による強制起訴こそ大きな変革のテコになると私は考えている。

  検察に期待するより、検察審査会、つまり国民が起訴して裁判官に審理してもらうことにつきる。そうすれば、検察の影にずっと隠れていた裁判官が、本当に判断することになる。

  週刊誌報道が正しく、本当に現金を受け取っていたとすれば、国民の目には文句なしの収賄・贈賄事件である。あっせん利得処罰法違反の要件が厳しいということで無罪となることはないと私は予想する。

  検察の説明では、「権限に基づく影響力」を使った口利き、つまり、「議会で質問するぞ」といった政治家の影響力を使った口利きが必要になるということだそうである。

  これは、非行少年が「ちょっと金貸してくれや」と言って現金を受け取るのはカツアゲつまり恐喝でなくなるというのと同等に詭弁にほかならない。お金を出させた結果がでているのに影響力の行使がなかったという言い草は通用しない。

  裁判員に「よろしく」と声をかけた工藤会の暴力団員も表面上はやさしい言葉を使っているが、裁判員は恐れを感じ、裁判員法違反(威迫・請託)の疑いで逮捕されている。政治家がわざわざ面談して、「挨拶」した結果、お金が動けば「権限に基づく影響力」の行使そのものであろう。今後の展開に期待したい。


筆者

河合幹雄

河合幹雄(かわい・みきお) 桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)

1960年、奈良県生まれ。京都大大学院法学研究科で法社会学専攻、博士後期課程認定修了。京都大学法学部助手をへて桐蔭横浜大学へ。法務省矯正局における「矯正処遇に関する政策研究会」委員、警察大学校嘱託教官(特別捜査幹部研修教官)。著書に『安全神話崩壊のパラドックス 治安の法社会学』『日本の殺人』『終身刑の死角』。

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