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英国で王子ができる日本人プリンシパル誕生

平野亮一と高田茜の2人がロイヤル・バレエ団の最高位ダンサーに

菘あつこ

 世界を代表するバレエ団のひとつと言える英国ロイヤル・バレエ団(以下、ロイヤル)のプリンシパル(最高位ダンサー)に、平野亮一と高田茜、2人の日本人が昇格することになった。このバレエ団で日本人がプリンシパルに昇格するのは、1993年に熊川哲也が昇格して以来のこと。95年には英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団から吉田都がプリンシパルとして移籍、これまで、ロイヤルの日本人プリンシパルというと、この2人だけだった(2人とも、現在はロイヤルを離れて活躍中)。

  高田茜というと、私のなかではまず、2008年のローザンヌ国際バレエコンクールでの清純可憐な「ジゼル」のヴァリエーションが思い浮かぶ。病弱でピュアな薄幸の美少女役──欧米人が日本人バレリーナを高く評価する時、そんな繊細な魅力を出すことのできるところであることが少なくない気がする。私も、そんな彼女の魅力に惹きつけられた。

  バレエの女性主役には、そんな役どころも多い。もちろん彼女はそれだけではなく、さまざまなタイプの役を高いレベルでこなすことのできるダンサーに成長し、だからこそのプリンシパル昇格となったのだろう。26歳での昇格は、とても順調な歩みにみえる。

英ロイヤル・バレエ団第1ソリスト時代の平野亮一さん。9月からプリンシパルに昇格する=2013年8月拡大英ロイヤル・バレエ団第1ソリスト時代の平野亮一さん。9月からプリンシパルに昇格する=2013年8月
  そして、平野亮一、彼は今、32歳。「この歳でと思うと、驚きの反面、とても嬉しいです」と語ってくれた。彼の昇格は私もとても嬉しい、それには二つの意味があって、一つは、彼を高校生の頃から知っていて身近に感じられるということ、もう一つは、英国ロイヤル・バレエ団で王子が出来る日本人プリンシパルは彼が初めてではないかと思うこと。

 私は関西在住なのだが、彼も関西、兵庫県尼崎市出身ということで高校生の頃から度々取材してきた。大屋政子バレエ団で活躍した母、平野節子の元でバレエをはじめ、兄・平野啓一(カナダ・ナショナル・バレエで活躍、現在は引退し第二の人生を歩み始めている)とともに切磋琢磨。滝川高校という進学校に通いながら、全日本バレエ・コンクール1位などコンクールで目立った成績をあげていた。2001年のローザンヌ国際バレエコンクールでプロフェッショナル・スカラシップを得て英国ロイヤル・バレエ団で研修、そのまま翌年入団した。

  平野亮一がローザンヌで踊ったクラシック演目は、「眠れる森の美女」からデジレ王子のヴァリエーション。他のコンクールでも王子を踊っていたと思う。現在186cm(高校生の時よりロイヤルに行ってからも少し伸びた様子)、日本人にしてはかなりの長身。そして、自然なおだやかな気品を生まれながらに持っているような彼が英国ロイヤルに研修に行くと知った時、「彼なら、ロイヤルで王子ができるかもしれない」と思った。

  バレエには、さまざまな役があるが、“王子”や“貴公子”は、できるダンサーとできないダンサーがいる。ロイヤルでプリンシパルになった熊川哲也は、高いテクニックを持った素晴らしいダンサー、日本で彼が王子を踊るのを観て、とても素敵だと思う。ただ、彼は ・・・続きを読む
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筆者

菘あつこ

菘あつこ(すずな・あつこ) フリージャーナリスト

フリージャーナリスト。立命館大学産業社会学部卒業。朝日新聞(大阪本社版)、神戸新聞、バレエ専門誌「SWAN MAGAZINE」などに舞踊評やバレエ・ダンス関連記事を中心に執筆、雑誌に社会・文化に関する記事を掲載。文化庁の各事業(芸術祭・アートマネジメント重点支援事業・国際芸術交流支援事業など)、兵庫県芸術奨励賞、芦屋市文化振興審議会等行政の各委員や講師も歴任。著書に『ココロとカラダに効くバレエ』。

 

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