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「ドタ着」で翻弄したナイジェリアの作戦勝ち?

リオ五輪サッカー・手倉森ジャパンは発足以来の最多5失点と守備崩壊で初戦黒星

増島みどり

ナイジェリア戦の後半、矢島(9)はゴール前で競り合うが阻まれる=2016年8月4日、ブラジル・マナウス拡大ナイジェリア戦の後半、矢島(9)はゴール前で競り合うが阻まれる=2016年8月4日、ブラジル・マナウス
  ブラジル北東部、アマゾネス州州都・マナウス(アマゾネアアリーナ)で4日、日本選手団の先陣を切って男子サッカーが行われた。立ち上がりから、予想しなかった激しいゴールの応酬となり、日本は前半を2-3で折り返す。後半に入ってPKでさらに失点。手倉森誠監督が現チームを率いた2014年以降、ワーストとなる5失点を喫し、メダル獲得のためには落とせなかった初戦を黒星でスタートする結果となった。

  高温多湿とされるマナウスも、4日の夜は日中の気温37度が24度にまで下がり、湿度も60%台と、決して厳しい気象条件ではなかった。試合の間は、涼しい風がアリーナを吹き抜け、両チームにとって意外なほど楽に動けるコンディションも、稀に見るゴール合戦の一因だろう。前半は抑え気味に守備を固めて試合に入る手倉森監督のプランが崩壊し、常に先手を取るナイジェリアに圧倒的にボールを支配されてしまった。

  日本が翻弄されたのは何もボール支配率だけではなかったようだ。

  「ドタキャン」ならぬ「ドタ着」をものともしなかった、ナイジェリア代表のメンタルの強さには改めて驚かされる。時差のない米国アトランタでほぼ1カ月間の合宿を行ったナイジェリアがマナウスに到着したのは、午後9のキックオフわずか6時間半前の午後2時半だった。

  当初は7月29日に出発するはずが航空券の発券トラブルによって8月2日に延期したという。ところが3日に予約した便のチケット代金が支払われていないことが判明し、出発は3日となった。さらにハプニングは続き、3日は機体が小さすぎてまたもキャンセル。都合4度も日程を変更し、4日は到着するなり空港から選手の身分証明書となるAD発行所に直行する慌ただしさだった。

  財政難や組織的な運営の不備が原因とされる一方、サムソン・シアシア監督は到着直後に「サッカー協会は、私たちの準備のために最善の努力をしてくれた」と発言するなど、ドタ着がむしろ想定内の戦略でもあったかのようなニュアンスの発言をした。

  8月3日は、20年前の1996年、同国がアトランタ五輪で初の金メダルを獲得したサッカー界記念の日である。チームにアドバイスを送る占い師が、「3日は一日アトランタで過ごし、当時の縁起を担ぐのが吉」と、方角を予言したから4日移動に変えた、など、様々な噂も飛び交ったが、 ・・・続きを読む
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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

スポーツライター。1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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