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悲願の金メダルの体操男子団体は新黄金時代に

最後のゆかで内村航平が見せた気迫と闘争心溢れる演技

増島みどり スポーツライター

リオ五輪体操男子団体の優勝が決まり、加藤凌平に抱きつく内村航平=2016年8月8日、リオ五輪アリーナ拡大リオ五輪体操男子団体の優勝が決まり、加藤凌平に抱きつく内村航平=2016年8月8日、リオ五輪アリーナ
 団体総合で(8日、リオデジャネイロ五輪アリーナ)4位からの猛追を見せる日本の5人の姿に、これは格闘技なのかと錯覚させるほどの凄まじい気迫と闘争心が溢れ出ていた。5種目を終えてわずか0.739点の中に日本、ロシア、中国が食い込む史上稀に見る激戦の最終ラウンド、日本はゆかに全てをかけた。

  5種目目の鉄棒でついに首位に立って迎えた最終種目、エース・内村航平(コナミスポーツ)は、ゆかの最終演技者としてマットに上がろうとしていたが、審判団からなかなか演技スタートの合図が出ない。待ち時間が伸び、体が冷えないようにとコーチがすかさずガウンを肩にかけにマットに駆け上がった。もどかしい時間、唇をギュッと強く噛み、拳に力を込めて待っている様子はまるで、0.208点差の2位ロシア、0.739点しかなかった中国に最後のとどめを刺そうとするファイターにも見えた。

  いつものように右足から慎重にマットに足を踏み入れ、日本のメダルの行方を決める演技に向かう。GとF難度2つを織り交ぜ16.133点の高得点を叩き出してつないだ19歳の白井健三(日体大)は、強心臓と言われる様子とは違い、今にも泣き出しそうな顔で組んだ手を胸に当て祈る。「航平さん、お願いします」。そうつぶやいたようだった。

  着地を決め15.600の高得点で全てを終え控えに戻ると、内村は喜ぶより両膝をつき、もうどこにも力が残っていないとばかり、しばらく胃の辺りに手を置き、ずっと肩で大きな息をしたまま動かなかった。予選4位からの逆襲は、鍛え抜いた体力ではなく、これまで感じることがなかったほどの気力を使い果たす凄まじい神経戦でもあったと、鮮やかな逆転劇は示していた。

  予選は予想外の4位に沈み、あん馬からスタート。あん馬のトップバッターを内村に据えたのは、6種目全てに出場する史上最強のオールラウンダーの体力を少しでも温存しようとする作戦だった。15点台の安定したエースの演技は、予選のミスから「行くぞ」という雰囲気にチームを一変させた。
地元ブラジルへの声援と、3カ国の壮絶なデッドヒートに場内も異常な興奮に包まれたが、ゆかで優勝が決まると日本へのスタンディングオベーションが鳴りやまなかった。

中国に連敗し続けた団体で逆転、揺るがぬ体操への哲学と見事な修正力

  04年アテネ五輪のように予選を首位で通過し、鉄棒最後の演技者として着地を完璧に決めて金メダルを手にする。内村が描き続けたプランは初日4位で消えたが、プランとは全く異なる金メダルの取り方だからこそ、日本男子体操の「底力」が明らかにもなった。

  この4年間、日本体操界は大きな岐路に立たされたともいえる。11年の東京世界選手権は地元でありながら中国に敗退。翌年のロンドン五輪に雪辱をかけた。しかし予選5位から中国に敗れて銀メダルに。中国にまたも敗れた衝撃は大きかった。一部には、中国のように種目のスペシャリストを育てるほうが団体優勝に近づける--そんな方向性が議論する声もあった。

 しかし日本男子体操界の矜持は、 ・・・続きを読む
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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

スポーツライター。1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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