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「90歳の死の迎え方」を考える

超高齢社会では「嚥下力」への対応の仕方が国民的課題になるかもしれない

徳永進 野の花診療所医師、ノンフィクション作家

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1. 高齢多死社会がやって来た

 日本の65歳以上の高齢者数は、今、3,300万人。4人に1人がいわゆる高齢者。すごい数だ。

 75歳以上の、いわゆる後期高齢者の人口でさえ1,590万人。8人に1人が75歳以上。すごい数だ。かつて、石を投げたら大学生に当たる、と言われた時代があったが、今は、石を投げたら高齢者に当たる。100歳以上の人口も6万人越え。これもすごい数。小さな市ができそうだ。

 この状況は特別だ。今までになかった、という意味で特別だ。ただ、年々特別は続き、特別はふつうになる。

 世界の人口約72億、日本の人口約1億2,700万人、世界第10位。1年間の日本人の年間死亡数約130万人。年間出生数約100万人。自然減少数約30万人。推測だが2030年ごろ、年間死亡数約160万人、年間出生数約60万人。自然減少数が年間約100万人となり、日本の人口は2040年ごろに1億人近くまで減少するようだ。仕方ないのだろう。その先はさらに減少。人口減少を政治家や経済界の人、町の商人は嘆く。嘆いても人口は増えない。

 人口について、人間は調整することができるんだろうか。そもそも調整って、いいことなんだろうか。

 人口は増える時代には増え、減少する時代には減少する。仕方ないと思う。成り行きにまかせる。その時々で、その事態に直面し、できることを工夫する、でいいのではないか。それしかないような。

2. 排泄すること、嚥下することの難しさに直面する

東の空に、真夏の雲たち=8月、診療所近くの団地で拡大東の空に、真夏の雲たち=8月、診療所近くの団地で

 高齢になるとやむを得ず体力は低下する。走るのは当然難しくなり、歩くのも立つのも難しくなる。

 座位までしかできない人口、寝たまま以外は無理、そんな人口が急増していく。筋力、骨力低下を防ぐためのリハビリプログラムが求められ、設計されていくが、それを越えて寝たまま人口は増加する。

 寝たまま人口の人たちの日常の課題に、排泄(はいせつ)を自分の力だけでするのは難しい、ということがある。老人が使用する紙オムツの年間枚数は、赤ん坊が使用するオムツの枚数を越えている。介護の手助けなしでは老人は排泄困難となる。食事することも困難となる。

 嚥下(えんげ)という、ふだんは何でもないこと、それができるかどうかという試練に直面する。

 これに立ち向かうべく嚥下訓練が設計され、全国の要所要所の施設で実施されている。成果もあるが、頓挫(とんざ)もある。嚥下力って、国民的、国家的な課題になる。嚥下力が低下し、無理に食べさせようとすると誤嚥し、誤嚥性肺炎を引き起こす。

 この矛盾をどうしのぐか。高齢者の重要問題だ。

3. 胃瘻で生きるか、点滴で生きるか

胃瘻からの栄養補給という方法=8月、往診先の家にて拡大胃瘻からの栄養補給という方法=8月、往診先の家にて

 老いて、食べられなくなり、嚥下が困難と判断された時、胃瘻(いろう)栄養(皮膚から直接胃壁を破って、胃空間へチューブを挿入し、そこから栄養を補給する)とするという方法もある。

 欠点の一つは、胃に栄養の水液を注入すると、唾液分泌が高進し、唾液は嚥下力が不十分な咽頭から気管へ流れていく、という現象が生じる。肺炎になる。誤嚥を防ぐために胃瘻栄養にと英断したのに、そのことが誤嚥性肺炎のきっかけを作ることになる。

 生き延びるために必要な栄養が、いのちの危機を招く。〈栄養〉と〈いのちの危機〉は紙一重。なんてこったあ、すべてがこんなこと。老いの道は厳しい。

 胃瘻を選ばず、血管内栄養という方法を選ぶこともできる。心臓近くを走る太い静脈にカテーテルを送り、それを胸壁皮下に埋め込む(CVポート)方法もある。点滴量が増えると痰(たん)が多くなったり、熱が出たり、手足が腫れるということにも見まわれるが、当面この方法でも生きながらえることはできる。

4. 終ろうか、でも生きようか

静脈からの高カロリーという方法=8月、診療所の病室拡大静脈からの高カロリーという方法=8月、診療所の病室

 症例である。患者さんは90歳の男性。誤嚥性肺炎を繰り返し、その都度救急車で市内の総合病院へ運ばれる。嚥下力は低下し、食べ物がなかなか喉を越さない。

 胃瘻の造設には、本人も妻も娘さんも反対である。「どうせ、寿命だ」と本人。家族も「たしかに」と同意の方向。高カロリー輸液に踏み切るのにも抵抗があるようだ。

 「末梢血管からの点滴1本、小さいの、それで限界を迎えたらそれで納得します」

 皆が人生の終盤を迎える。90歳の人口も爆発的に増加する。一つの区切りとして90歳を選ばせてもらって、「90歳問題」として提起してみよう。数としても圧倒的で、対応を考えねばならない大切な終盤だ。

 まず、本人の意志を尊ぶ、という考え方がある。欧米から入ってきた考え方。

 「本人の意志」という考え方に慣れてない日本人にとってはとまどいもある形。ただし、一度は決意してみるということには、少し意味がありそう。

 相手は死、大きな問題。あいまいにしておれば、まわりがなんとかしてくれるだろうという従来の日本的作法では事を運べなくなった。

 90歳は高速道路の渋滞のように、家や施設に渋滞する。「あなたはどうしたいですか?」の問いに、皆が「さあねえ」では出口見えず、社会が困惑し疲弊する。

 どう死を迎えるか。

 その90歳の男性、末梢血管ではなく、心臓近くの血管へカテーテルを留置し、抗生剤入りの点滴とした。顔色が少し良くなった。嚥下力は落ちたままだが、言葉に力が入った。

 「痰(たん)も減って、少し楽です」と本人。娘さんは、「もう少し、カロリー増やしてもらってもいいですか。楽そうで、楽なら少しでも長く生きていて欲しいですし」と、近々の父の死への決意が揺らぐ。

 どの年齢、どの段階にもそれなりの希望はある。その希望も、要所要所で、それなりに変容する。

5. やっぱり諦めます

 徐々に筋力が衰え、時々、誤嚥性肺炎を生じる別の90歳の男性。家族は30㎞離れた漁村と関西にいる。

 長男は仕事が忙しく、滅多に顔を出さない。電話で、「本人も、元気なころ言ってました、延命してくれるな、って。ぼくら兄弟で話し合ったんです。点滴も減らしてもらっていいって。誰もが自分の生活でいっぱいいっぱいで」。

 点滴の量、その中のカロリーの量、さまざまな種類がある。多過ぎる点滴は全身の浮腫、胸水貯留、痰の増加をきたす。死がかえって早く来る。

 点滴量を控えると、痰は減り、浮腫も減るが、体重減少を生じる。体重が減り、手足が細くなると看護師から、「もうちょっと点滴増やして、頬骨が見えんくらいになりませんかね」と提案される。

 家族は迷い、「やっぱり諦(あきら)めます、あんな姿で生きても、本人もつらいと思います」。

 90歳の分岐点。本人も家族もいろんな気持ちの波をかぶり、さらなる選択を余儀なくされる。

6. 岐路での考え方

西の空に、茜(あかね)の雲たち=8
月、日本海の夕日拡大西の空に、茜(あかね)の雲たち=8 月、日本海の夕日

 自分で座って、自分の口でおいしいものを食べられるとき、90歳であろうとなかろうと、そうして生き続けていくのでいいと思う。

 自分で食べられなくなった時の選択だ。自分の力ではない外力(胃瘻栄養や静脈点滴栄養)で生きていくか、そのことから離れていくか。

 90歳人口が年々増加するため、この岐路に立つ人、この問題に直面する人は急速に増える。生きていくのか、そうではないのか。

 可能なら、子どもたちがつらい問題の答えを出さなくていいよう、当人が決めておく方がいい。

 人間のことだから、一度決めても覆(くつがえ)る。覆ることを承知で決めていた方がいい。

 意外と良いのが徐々に老衰化していく選択だ。

 自然の摂理にまかせていく選択。「自然の意志」。自然をさえ支配下に置けると錯覚を続けた近代化の中で、日本ではまだ抵抗感を残す選択。90歳の延命に必要となる胃瘻栄養費、点滴栄養費は全体では相当な額に膨れ上がる。

 右往左往をしながらでいいのだが、だいたいはどの方向を生きていくのかを決め、その方向が国民のふつうの思いになっていくことが、これからの日本の90歳の幕の閉じ方を創ると思う。

 こう書きながら改めて思いなおすことがある。

 「決意」というのは意外と人間の腑に落ちないもの。物事はああでもない、こうでもないと揺れ動きながら、本人や家族が承知していくもの、だと思う。

 それでいい。

 揺れないとたどり着けない。

 その動揺のそばで、相談に乗り、決断し、決行し、留まり、一歩後退し、少し休憩し、また相談しあい、実践するのが、医療や、看護、介護の人たちの、これからの大きな役割だろう。

 答えは決意と離れることがある。そんなもんだろう。

 「天命を知る」という先人の言葉を思い出しながら、90歳の死の形が日本人の腑に落ちるものになっていくよう、日本の死の文化を再構築していかねばならないのではないか、と思う。


筆者

徳永進

徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師、ノンフィクション作家

1948年、鳥取県に生まれる。京都大学医学部を卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、1978年から鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始める。今年で15年目となる。1982年『死の中の笑(え)み』(ゆみる出版)で、第4回講談社ノンフィクション賞を受賞。1992年、第1回若月賞(独自の信念で地域医療をしている人に贈られる)を受賞。著書には『隔離』(ゆみる出版)、『死ぬのは、こわい?』(イースト・プレス)、『詩と死をむすぶもの』谷川俊太郎さんとの共著(朝日文庫)、『野の花ホスピスだより』(新潮社)、『こんなときどうする?』『野の花あったか話』(岩波書店)、『ケアの宛先』(雲母書房)、『在宅ホスピスノート』(講談社)、『団塊69』(佼成出版社)などがある。

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