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障がい児を持つ親として問う国の在り方(上)

相模原事件から2カ月が過ぎてもなお

辰濃哲郎 ノンフィクション作家

殺傷事件があった「津久井やまゆり園」の正門前=2016年7月26日、相模原市緑区拡大殺傷事件があった「津久井やまゆり園」の正門前=2016年7月26日、相模原市緑区
 私には、知的と身体の障がいで車いす生活をしている26歳のひとり息子がいる。1990年に生まれた当時、健康的には何の問題もなかった。発育が遅いことから何人もの専門医を訪ね歩き、障がいがあることがわかったのは3歳のころだ。「脳性まひ」との診断が下されたが、その原因はいまだにわからない。

  今は訳あって別々に暮らしているが、ふだんは作業所で働き、ボランティアと映画を観ることやゾンビのフィギュアを集めることを楽しみにしている。こちらが話す内容はほとんど理解しているが、しゃべり方はたどたどしい。それでも年齢とともに社会性を身につけ分別も出てきた。

  その息子とは、年1回、旅に出ることにしている。 わずか3泊ほどの旅だが、トラブルが盛りだくさんだ。着陸間際の飛行機の中で尿意を催し、着陸と同時に立ち上がろうとする乗客を制止しておぶってトイレに駆け込んで乗務員を慌てさせたり、遊園地のアトラクションに乗車した途端に怖がり始めて、緊急停止させたり。周囲に平身低頭で謝りながらも、その場を離れると、ふたり顔を見合わせてゲラゲラと笑い飛ばす。

  あるとき、ゾンビのイベントに出かけたときのこと。ゾンビに扮した女の子と一緒に写真を撮りたいというので、会場で息子に代わって女の子に声をかけて連れて行くと、なぜか仏頂面で写真におさまる。女子が去ったあと、
「なんだ、せっかく連れてきたのに」と文句を言うと、
勘弁してくれとでも言いたげに額に手を当てて
「ぼ・く・の・こ・の・み・じゃ・な・い」。
「そりゃ、ねえだろう」と言い返すと、「アハハハ」と大口を開けて笑う。私も童心に帰って、結構楽しんでいる。

  そんな息子に「ぼ・く・は・い・き・て・い・て・は・い・け・な・い・に・ん・げ・ん・な・の?」と尋ねられたら、なんと答えたらいいのか。それを考えると、胸が張り裂けそうになる。相模原障がい者施設殺傷事件が起きて2カ月になるが、私の心は事件以来、晴れることはない。なにより障がい者を巡る問題について、向かうべき道筋が見えないままであることに危機感を感じる。

  さまざまな差別を経験している。小学校のころ、公立の普通学級に通わせていた。留守電にこんな伝言が吹き込まれていたことがある。

 「学校を辞めろ」

 一度や二度ではなかった。

  きっと学校の父兄なのだろう。自分の子どもの授業が遅れるとか、手助けを必要とするわが息子に対する怒りなのかもしれない。面と向かって言われたことはないのに、匿名が担保されると、過激な言動には容赦ない。

  15年ほど前、出生前診断の取材をしたことがある。簡単な血液検査で胎児がダウン症児の可能性があるかどうかを診断できる。陽性だった場合、確定診断を経て9割以上の親が堕胎を選ぶ。親にしてみれば、 ・・・続きを読む
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筆者

辰濃哲郎

辰濃哲郎(たつの・てつろう) ノンフィクション作家

ノンフィクション作家。1957年生まれ。慶応大卒業後、朝日新聞社会部記者として事件や医療問題を手掛けた。2004年に退社。日本医師会の内幕を描いた『歪んだ権威』や、東日本大震災の被災地で計2か月取材した『「脇役」たちがつないだ震災医療』を出版。

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