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スラップ訴訟の実害と対策―私の経験から

ジャーナリズム全体の萎縮状況がスラップ訴訟を生む土壌に

澤藤統一郎 弁護士

 WEBRONZA編集部からの寄稿依頼文の中に、下記4項目の問いがある。

①スラップ訴訟とはどういったものか②スラップ訴訟の特徴③なぜ日本でスラップ訴訟が増えているのか④スラップ訴訟に対抗していくために、取り組んでいくべきことは何か。

 なるほど、よくできた設問。この問いを小見出しとして回答をつなげば、そのまま私の言いたいことになる。

1 スラップ訴訟とはどういったものか

 私の実体験を語ろう。2014年5月のある日。東京地裁から特別送達の封書を受領した。法律事務所に特別送達。珍しいことではないのだが、当事者の表示を見て驚いた。私自身が被告として明記されているではないか。送達されたのは私を被告とする訴状だった。原告は、サプリメント販売大手のDHCとそのオーナーである吉田嘉明会長(以下、吉田)。私を被告として2000万円の損害賠償の訴えを提起したのだ。私のネット上のブログ記事が違法な名誉毀損の言論に当たるという主張。慰謝料請求だけでなく、記事の削除と屈辱的な謝罪文の掲載を求めてもいる。

 私はブロガーである。「澤藤統一郎の憲法日記」(http://article9.jp/wordpress/)と名付けたブログを、連日書き続けている。2013年4月1日に自前のブログを立ち上げて以来、今日まで1300日を超えて、1日の休載もない。ブログの内容は、ひとつとして当たり障りのないものはない。とりわけ、公権力や経済的強者にとっては「当たり障りのある」ものばかりと心がけている。

 2014年の春、そのブログに吉田を批判する3本の記事を書いた。彼が週刊新潮に自ら寄せた手記を題材にしたもの。みんなの党の党首(当時)渡辺喜美に政治資金収支報告書に記載のない「裏金」8億円を提供していたことに関する下記表題の論評である。

3月31日 「DHC・渡辺喜美」事件の本質的批判
4月 2日 「DHC8億円事件」大旦那と幇間 蜜月と破綻
4月 8日 政治資金の動きはガラス張りでなければならない

 私の記事は、吉田の行為を「政治をカネで買おうとするもの」「大金持ちがさらなる利潤を追求するために、規制緩和を求めて政治家に金を出した」と批判する趣旨のもの。典型的な政治的言論といってよい。確かに、吉田の耳には痛い内容だが、まさか提訴されるとは思いもよらなかった。なんの前触れもない、その唐突さにあきれるとともに、この上ない不愉快と怒りの感情に襲われた。ある日突然の高額請求の提訴。職業として訴訟に携わっている弁護士の私でさえ、衝撃は大きかった。訴訟には無縁の人が同様の体験をした場合の心理的な衝撃と動揺はいかばかりのものであろうか。

 これが、スラップ訴訟である。

2 スラップ訴訟の特徴

太陽光発電施設への反対運動で訴訟を起こされた男性。ある日、6千万円を請求する訴状が届いた=長野県伊那市
 スラップ訴訟の特徴は、何よりもこの大きな心理的衝撃の効果にある。訴えられた側は、この衝撃故に思い悩むことになる。

 「もしかしたら、請求されているとおりの大金の支払いを命じられるのではなかろうか」「裁判を受けて立つにはどうすればよいのだろう」「裁判にはカネがかかるということだが、自分に負担できるのだろうか」「裁判には、時間もかかる。手間もかかる。これは面倒なことになった」…。

 この恫喝としての効果が、言論の萎縮を招く。「あんな記事を書かなきゃよかった」「こういう物騒な相手は敬して遠ざけるのが利口なやり方なんだ」。そう思わせれば、提訴はその目的を達したも同然。これがスラップ訴訟の効果なのだ。

 こうして、弁護士費用など提訴のコストを負担と思わない富者が、自分に対する批判を封じる目的で、高額の慰謝料等を請求する民事訴訟提起の実例が増えつつある。

 DHC・吉田は、同時期に私を含めて自分を批判した者10人に訴訟を提起した。請求額は最低で2000万円、最高は2億円である。

 言論萎縮を意図した提訴に、私は徹底して闘う決意をした。闘う相手は、直接は原告となった吉田とDHCであるが、自由な言論を封じようとする社会的圧力との闘いと意識した。闘うことで、スラップの「言論萎縮効果」ではなく、「反撃誘発効果」の成功例を作らねばならないと考えた。

 そうして、

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