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市民の「表現の自由」を侵害するスラップ訴訟

言論活動を萎縮させる「スラップ」、日本社会での認識を高めることが必要だ

内藤光博 専修大学法学部教授(憲法学)

スラップ訴訟とは何か

 近年、大企業や政府機関が、ジャーナリスト、報道機関や出版社、そして一般市民や市民運動団体を被告として相手取り、言論や公的な意見表明を封じ込めることを目的として提起する民事訴訟が問題となっている。いわゆる「スラップ訴訟」である。

 スラップ訴訟とは、1980年代に、アメリカにおいて社会問題となった、言論の自由を大きく損なう民事訴訟の特質を表す言葉である。英語では“Strategic Lawsuit Against Public Participation(略してSLAPP)”という。直訳すると「公的参加を妨害することを狙った訴訟戦術」ということになるが、具体的には「企業や政府が、その活動や政策など政治的・社会的に重要な公的問題について、異議申し立てや批判的な意見表明をしたり、請願・陳情を行ったりする人々を、被告として裁判に訴えることにより、彼らに苦痛を与え、意見表明をやめさせることを目的として起こされる報復的な民事訴訟」と理解される。

 アメリカでは、1960年代から80年代にかけ、環境問題や消費者問題に取り組む市民運動が盛んになった。こうした市民運動をリードする団体は、環境破壊をもたらす宅地開発会社や有害食品を販売する食品会社などの大企業を批判し、反対運動を展開していった。これに対して、企業の側は、こうした公的に意見表明を行った市民や市民運動団体を相手取り、民法上の不法行為、すなわち名誉毀損や業務妨害などを理由に、高額の損害賠償金を請求する民事訴訟を頻繁に提起するようになった。

 80年代半ばには、こうした民事裁判の使われ方に着目したデンバー大学の法律学者であるジョージ・W・プリング(George W. Pring)教授と社会学者のペネローペ・キャナン(Penelope Canan)教授が、膨大な判例を分析して、公的言論の封じ込めを目的とする民事訴訟を探し当て、それをSLAPPと定義し、その問題性を実証的に論証し、広く市民社会に公表した。(両教授の共著SLAPPs: Getting Sued for Speaking Out. Philadelphia : Temple University Press, 1996年を参照。)

 その結果、80年代後半以降には、スラップ訴訟が、憲法上保障される「表現の自由」を侵害するものとして社会問題と考えられるようになり、市民団体や弁護士、各州議会の議員等による被害防止策を求める活動が活発化した。こうして、2013年までに、全米の半数を超える州で、スラップ訴訟による言論弾圧を防止するための法律が制定されるに至ったのである。

 一般的に「スラップ被害防止法Anti-SLAPP Law」」と呼ばれるこれらの州法では、被告から「スラップである」と主張された訴訟について、裁判所がその主張を認めた場合、訴訟を提起した原告側にスラップ訴訟ではないことの重い立証責任が課される。そして原告側が立証できなければ訴訟は打ち切られ、原告側に弁護士費用が負担させられる。つまり、「スラップ訴訟であること」の立証責任を被告である市民あるいは市民団体側に課すのではなく、「スラップ訴訟ではないこと」の立証責任を原告である企業や政府機関の側に転換することにより、スラップ被害者が救済される仕組みになっているのである。

言論の自由を萎縮させるスラップ訴訟

 アメリカでのスラップ訴訟の議論をみていくと、その特徴は次のようにまとめられる。

 ①企業や政府機関など、経済力・組織力・人材などの点で優位に立つ側が原告となり、②企業の活動や政府の政策など公的に重要な問題(公的問題)に関わり、③憲法の保障する表現の自由(集会、デモ行進、ビラ配布、新聞や雑誌への寄稿、記事の執筆など)に基づいて、企業や政府機関に対する反対や異議申立ての意見表明を行った市民や市民団体などを被告として相手取り、④名誉毀損やプライバシー侵害、また、争点となっている公的問題とは直接関係のない、住居不法侵入、業務妨害などの民法上の不法行為を理由として、民事訴訟法上の裁判手続に従って多額の損害賠償金を請求する訴訟を裁判所に提訴するのだが、⑤その訴訟の真の目的が、市民や市民団体などを被告として相手取り、裁判を提起することによって、裁判による金銭的・精神的・肉体的負担を負わせることにより、言論や公的意見表明をためらわせる効果(これを「萎縮的効果」と呼ぶ)を与えて、自らに批判的な言論活動を抑圧する効果を狙った訴訟、である。

 さらには付け加えるならば、スラップ訴訟の付随的効果として、⑥いまだ訴えられていない、潜在的な公的発言者に対しても、政府機関や企業により訴えられ、多額の民事賠償を請求されるかもしれないという「おそれ」を抱かせ、言論活動を萎縮させるという将来的な効果をも生み出す訴訟でもある。

 また、スラップ訴訟のもうひとつの特徴としてあげられることは、企業や政府機関は、市民や市民団体、ジャーナリストを提訴し、被告として裁判当事者に引き込んだ時点で、彼らに苦痛を与えるという目的は達成されることになるので、原告の企業や政府機関の側は、訴訟の勝敗にはこだわることはない、いわば「裁判としての意味をもたない提訴」であるということだ。

 一般の市民にとって、裁判の当事者になること、ましてや被告として高額な損害賠償を求められ、裁判所に訴えられることは、精神的・身体的・経済的な負担を強いられることになる。ひとたび、被告として訴えられた場合、裁判に必要な書類を作成したり、法廷での尋問に応じたりせざるをえず、多くの時間を費やし、その労力も計りしれないものがある。

 また、裁判のために仕事を犠牲にしたり、弁護士の手配など訴訟に費やす金銭的負担を強いられたりすることなど、経済的にも大きな負担となろう。これらに加え、敗訴への不安などが相乗的に重くのしかかり、大きな精神的疲弊を招く。スラップ訴訟の狙いは、まさに意見表明者を「精神的疲弊」に陥らせることにあり、それは「精神的苦痛」へと転化する。このことが、ついには「言論活動や意見表明の萎縮」へとつながっていくのである。

 つまり、スラップ訴訟とは、企業や政府機関が、その活動や政策に反対し、異議を申し立てる公的意見表明者に対し、民事訴訟を利用することにより、意見表明を心理的にやめさせてしまうこと(萎縮させること)を目的とする言論弾圧といえる。

「スラップ訴訟」の認識に欠ける日本

 日本でも、2000年代に入り、企業や政府機関が、政治的・社会的に重要な公的問題に関わる活動や政策について、批判的な意見表明や異議申し立てを行っている市民や市民団体などを相手取り、その公的問題点とは直接関係のない「業務妨害」や「土地の不法占拠」など民法上の不法行為を根拠に、数千万円から1億円にも及ぶ高額な損害賠償を求める民事訴訟を提起するケースが目立ち始めている。

 ところが、現在の日本では、 ・・・続きを読む
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筆者

内藤光博

内藤光博(ないとう・みつひろ) 専修大学法学部教授(憲法学)

1957年生まれ。専修大学法学部教授(憲法学)。主要著作:編著『東北アジアの法と政治』(専修大学出版局、2005年)、編著『日本の植民地支配の実態と過去の精算ー東アジアの平和と共生に向けてー』(風行社、2010年)、編著『東アジアにおける市民社会の形成—人権・平和・共生』(専修大学出版局、2013年)、共著『現代日本の憲法[第2版]』(法律文化社、2016年)、「スラップ訴訟と表現の自由ー経産省前「テントひろば」裁判について」法と民主主義493号(日本民主法律家協会、2014年)など。