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日本企業の「文化」と化している長時間労働

過労死ゼロ社会の実現に向け、「36協定」の許容労働時間の上限を法定せよ

佐々木亮 弁護士

1 電通過労自死事件の持つ意味

 電通に勤務していた新入社員の女性が昨年末に自殺したのは、長時間労働が原因だったとして労災が認定され、このことが大きく報道された。

 電通といえば、24年前にも新入社員が自殺し、裁判所が、会社の安全配慮義務違反を認め、遺族への損害賠償の支払いを命じた事件がある。それから再び起きた過労自死事件という点も、大きく報道される1つの理由であったであろう。

 ところが、先日、実は3年前にも30歳の男性社員が過労により自殺していたことが明らかになった。「2度目」と言われ、大きく報じられた事件が、実は3度目だったことが判明したのである。もっとも、これも分かっているだけでの数字であり、他にもあるのではないかとの疑念を抱かざるを得ない。そう思わざるを得ないほど、異常な労働環境であったことが推察されるのである。

 これら一連の過労死事件を通して、電通という会社における「過労」に対する対応・認識の甘さ、適切な労務管理ができていない体質などが露呈するとともに、分かっているだけで3名もの労働者の命を奪った最悪の企業であることが明らかになったといえる。この点で、電通は、社会的にも、法的にも、厳しい制裁を受けるべきであろう。

 ただ、これを電通1社の問題に矮小化することは、我が国の労働者の置かれている状況に鑑みると適切ではない。周知のとおり、過労を原因とした精神障害の労災請求数は増え続けているからだ。

拡大(厚生労働省が毎年度に発表している「過労死等の労災補償状況」より。作成者・井上伸さん。http://editor.fem.jp/blog/?p=2921より)

 上記グラフが示すとおり、精神障害の労災請求件数はこの10年でほぼ2倍となっている。今回の電通の痛ましい事件も、こうした流れの中の1つであり、過労死や過労による精神障害の発生について、国が何らの有効な対策を講じてこなかった中で起きた事件であると捉えるべきである。

 その意味で、電通という誰もが知っている有名企業で起きたこの事件は、全ての労働者に現実をつきつける契機を与えたといっていいだろう。

2 長時間労働に対する日本企業社会の問題点

拡大午後10時すぎに一斉に消灯された電通本社ビル(右)=東京都港区
 この度の事件における被害者は、亡くなる直前の1カ月間に約105時間の法外労働をしていたとされる。法外労働とは、法律で定められた制限である1日8時間、週40時間を超える労働をいう。月間でならすと、およそ173.8時間(=365日÷7日×40時間÷12カ月)が法律で認められる労働時間である。これに加えて105時間労働していたと考えると、月間278時間ほどの労働だったことが分かる。もちろん、これはあくまでも労働基準監督署が認定した時間である。労基署も証拠がなければ労働時間を認定しないので、第三者が確認できた労働時間と捉えるべきで、実際の拘束時間や労働時間はもっと長かったと思われる。

 本事件が公表されたその日、過労死白書も公表された。これに関連して、精神障害の労災基準である月間100時間の残業時間に対し、「月当たりの残業時間が100時間超えたくらいで過労死するのは情けない」との発言があった(武蔵野大学・長谷川秀夫教授の発言。その後、謝罪。)。このような発言をする大学教授の方がよほど「情けない」のであるが、悲しいことに、こうした発言に残業時間が100時間を超える日本社会の現実が垣間見えてしまう。

 世の中で言われる「過労死ライン」(脳・心臓疾患は80時間、精神障害は100時間)は誰かの思いつきで定まった「ライン」ではない。専門家の間で検討を重ね、労働災害を認定する行政基準として、医学的根拠をもって存在している。この基準は司法においても尊重され、行政と同じ基準で労働と被害との間の因果関係を肯定する裁判例は数多い。

 にもかかわらず、この「ライン」を超えた長時間労働は横行し、前記の通り精神障害の労災請求件数は上昇し続けている。

 この原因の第一は我が国の法制度にある。まず、労働基準法上の労働時間の制限は、1日8時間、1週間40時間とされ、これを超えると刑事罰もあるなど、その規制は厳しい。ただし、この制限は「36協定」を締結することで超えることができる。この協定は、使用者が、労働者の過半数を代表する者もしくは過半数を組織する労働組合との間で結ぶものである。すなわち、労働側が許容しない限り「過労死ライン」を超えて働かせることは本来不可能である。ところが、我が国では「過労死ライン」超えの労働が横行している。このうち違法なもの(「36協定」がなかったり、「36協定」を超えて働かせたりしている場合)は論外だが、「36協定」によって過労死ラインを超える働き方が「合法」とされることも多い。これは「36協定」が過労死の抑止力として十分に機能していないことを示しており、法制度自体に問題があると言わなければならない。

 また、使用者側の過労死ラインに対する意識の欠如も問題である。我が国では「よく働くこと」を美徳とする企業文化があり、 ・・・続きを読む
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筆者

佐々木亮

佐々木亮(ささき・りょう) 弁護士

1975年北海道生まれ。99年に東京都立大学法学部卒業後、2003年弁護士登録。現在旬報法律事務所で勤務。日本労働弁護団常任幹事、ブラック企業被害対策弁護団代表などを務める。「いのちが危ない残業代ゼロ制度」(共著、岩波ブックレット)、「会社で起きていることの7割は法律違反」(共著、朝日新聞新書)など著書多数。