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サッカー日本代表最年少出場記録の市川大祐が引退

JFL八戸で13日に最終戦、日本サッカー界に遺していくものとは

増島みどり

2002年日韓W杯チュニジア戦、厳しいマークで相手にプレッシャーをかける市川大祐=2002年6月14日、大阪・長居スタジアム拡大2002年日韓W杯チュニジア戦、厳しいマークで相手にプレッシャーをかける市川大祐=2002年6月14日、大阪・長居スタジアム
 W杯アジア最終予選を勝ち点7でグループ3位にいる日本代表にとって、15日のサウジアラビア戦は前半戦最大の山場となる。有利なホームでの初戦UAE戦で逆転負けを喫して以降4戦2勝1分1敗。何とか立て直し勝ち点を重ねてはいるものの、ここまで無敗(3勝1分)でグループ首位を走るサウジアラビアからホーム戦で勝ち点をあげて、2位オーストラリア(2勝2分)との3カ国で形成する「先頭集団」に位置しておかなくては、6大会連続W杯出場への青写真も大きく崩れてしまう。

  来年3月23日にUAEでのアウェーで再スタートする最終予選の2ラウンド目は、1ラウンド目よりさらに厳しくなるのは明白だ。結果にかかるプレッシャーはさらに大きく、歴代の日本代表が苦手としてきた中東でのアウェーが続く。6月にはイラク戦(開催地はイランが有力)、9月にはサウジアラビアと最終戦に臨まなくてはならず、22以内が決まっていなければプレーオフに回る事態となる。

  最終予選4試合で厳しい状況に危機感を抱いたハリルホジッチ監督は、サウジ戦を前にFWに20歳の井手口陽介(G大阪)、大迫勇也(ケルン)、リオ五輪代表のFW久保裕也(ヤングボーイズ)ら若手を思い切って招集し、来年に備える構えだ。

  「若手」といった表現が盛んに報道されるそんな時、日本代表が初めてW杯に臨んだ1998年フランス大会の候補として、わずか17歳322日で代表に選出された市川大祐(ヴァンラーレ八戸)が36歳で引退する。日本がプレーオフでフランスへの切符を獲得した翌年3月、当時清水工に通う高校2年生は清水エスパルスでJリーグにデビュー。

 ユース年代から密かに視察を続けていた当時の岡田武史日本代表監督は翌月、4月の日韓親善試合(ソウル)に右サイドの有望選手として市川と、18歳だった小野伸二(当時、清水商から浦和でプロに)を呼んで大きな注目を集めた。いわばサッカー界の若手と呼ばれる選手たちの源流ともいえる存在 ・・・続きを読む
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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

スポーツライター。1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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