問題多い「喧嘩両成敗」的な対応
2016年12月06日
いじめ問題の歴史は昨日今日始まったわけではありませんが、残念ながら明快な解決策は実行されていないように思います。国、自治体、学校、家庭や地域で出来る事は様々あったはずです。大人はよく子どもたちに「傍観者は加害者だ」と言いますが、大人こそ、子どもたちの命が奪われているこの問題に対しての傍観者だったのではないでしょうか。対策を見つけ実行してこなかったことが深刻化の原因であると考える私は、大人の無知と傍観が子どもたちを死へと追い詰めていると思っています。
大人の耳にいじめの事実が届いた時には、子どもたちはかなり我慢した末、限界を感じ、やっと勇気を出して訴えているようです。心の傷はかなり深まっていると想像ができますので、間違った対応は子どもの命を危険にさらすと言っても過言ではないと思います。
また、周りの友達が伝えてきた時も、あまりのいじめのひどさに、見るに見かねて大人を頼っているということなのではないでしょうか。
当事者や家族と学校の連携は何より重要です。情報を共有し、被害者の思いを優先しながら、いじめ解決の方針決定をしなければならないと思います。それを実現するためには、いじめ問題をある程度理解している人間の存在が重要になってきますので、要となるのは、やはり問題が起きている現場にいる教師であると思います。なぜ今まで問題が解決せず、この問題が深刻化しているのかと言えば、要としての機能を果たしていなかったからだと思います。今までのいじめ指導は本当に正しかったのか? について、しっかり見直したとき、その間違いに気付くはずです。
加害者に対して、何をやっているんだ、やめなさい、何度言ったらわかるんだ、自分がされたらイヤだろう、等、いじめ行為そのものに直接注意をすれば、いじめはやめてくれるのでしょうか。加害者、被害者双方に直接聞いて事実確認が出来るのでしょうか。いじめの被害者に「あなたにも原因があるのでは?」「あなたも弱い」「性格直せば」等、被害者責任論を言い、被害者を傷つけ信頼関係を壊していないか。対応のわからない教師が、しばらく様子を見てしまい、その間に問題が大きくなっているということはないか。喧嘩(けんか)両成敗をして、逆に問題を水面下に押しやり、深刻化させてはいないか。
筆者が理事を務めているNPO法人「エンジェルハートプロジェクト」が2013年に実施したアンケート結果によると、いじめ加害者の約7割が「いじめをしていた頃、自分も悩んだりつらかったことがあった」と回答しています。しかしこの手のアンケートは数字が低めに出ますので、実際にはもっと多いはずです。この数字は、加害者の背景を想像しながらのサポートと寄り添いの重要性が示されていると考えますが、学校現場での対応は全く逆でした。
いじめの解決のために「喧嘩両成敗」的な対応が大変多く行われている、ということを現場の先生から伺っています。この対応が間違っているということに現場の先生はほとんど気付いていないようです。互いに思うことを言い、想いを吐き出させ、その後謝罪し、握手をすれば解決できるのでしょうか。
喧嘩両成敗は、被害者は加害者への謝罪を強要され、納得がいきません。加害者も「チクられた」ということで、
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