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沖縄戦高齢体験者の証言の意味

私たちは記憶にどのような想像力をもって近づけるか

樫村愛子 愛知大学教授(社会学)

  私は、前に紹介した、戦争体験者のメッセージや証言記録を用いてワークショップを行うNPO法人ブリッジ・フォー・ピース(http://bridgeforpeace.jp 2015年7月6日筆者記事「戦争加害者と被害者をつなぐ活動」参照)で沖縄担当の山地和文さんと共に、沖縄を定期的に訪問して、戦争体験者の証言を聞き、映像記録のサポートをしている。

沖縄戦を語り継ぐ「虹の会」の取り組み=2005年3月19日、沖縄県糸満市のひめゆり平和祈念資料館拡大沖縄戦を語り継ぐ「虹の会」の取り組み=2005年3月19日、沖縄県糸満市のひめゆり平和祈念資料館
 私が戦争体験の継承活動と関わるようになったのは、戦後70年、2015年の大学での調査実習活動だったが、平和教育こそは教育の原点や核であることを実感し、現在は、消えゆく証言を時間と闘いつつともかく記録することに従事している。

  時間との闘いであることは、軍都・豊橋(愛知県)での調査実習においても、豊橋空襲を語る会の語り部が年を追って亡くなったり体調を崩されるのを目の当たりにして実感してきた。一人一人の体験は、その人の具体的な生と共にあって重要な意味を持つため、その記録は一つ一つかけがえのないものである。しかし、証言と記憶については、年齢の壁が立ちはだかる。

  広島平和記念資料館では、すでに次のステップへと踏み出すために、証言者から被爆体験等の伝授を受けた、被爆体験伝承者の養成を2012年から始め、3年の研修を受けた伝承者が生まれ始めた。実際、私の聞いた体験においても、何度も繰り返しが確認されるようになった。

  しかし、記憶や記録においては、再現の正確さだけが重要なのではなく、私たちに手渡され残された材料に対して、接する私たちがどのような想像力や方法を持ってそこに近づけるかということが重要だろう。痕跡を消された事実と、消された跡に、アウシュヴィッツの意味を想像することが指摘されてきたように、老齢による記憶の困難や混乱の中に、トラウマ体験を想像し得ることを指摘する精神科医がいる。

  沖縄戦国家賠償訴訟原告の外傷性精神障害の診断と鑑定を行った蟻塚亮二(現在、福島県相馬市「メンタルクリニックなごみ」院長、および沖縄中部協同病院での精神科医診療担当)先生である。蟻塚先生は ・・・続きを読む
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筆者

樫村愛子

樫村愛子(かしむら・あいこ) 愛知大学教授(社会学)

愛知大学文学部社会学コース教授。1958年、京都生まれ。東大大学院人文社会系研究科単位取得退学。2008年から現職。専門はラカン派精神分析理論による現代社会分析・文化分析(社会学/精神分析)。著書に『臨床社会学ならこう考える』『ネオリベラリズムの精神分析』、共著に『リスク化する日本社会』『現代人の社会学・入門』『歴史としての3・11』『ネオリベ現代生活批判序説』(新評論)など。

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