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「いじめは許されない」、では「いじめ」とは何か

「いじめ」の概念の社会全体での共通認識化を

小島秀一 弁護士、NPO法人「ストップいじめ!ナビ」弁護士チーム主幹

 原発事故により福島市から横浜市に避難した生徒がいじめを受けた問題で、先日、横浜市の教育長が、第三者委員会の報告書を踏まえ、金銭の支払いについてはいじめと認定することは困難である旨を述べたとのニュースが報じられた。第三者委員会の報告書では、要因にいじめが存在したことは認めつつも、「おごり」行為自体がいじめであるとは認められないとされている。

拡大原発から避難した人へのいじめ問題について話し合う人たち=横浜市神奈川区
 しかし、この判断は、次項で述べるいじめの定義からすれば強い違和感を覚える。プロレスごっこと称して叩かれるなどのいじめを受けていた生徒が、仮に一見自らの意思でおごったようにみえる行動をとっていたとしても、果たして、その「おごり」行為に精神的苦痛を感じていなかったといえるだろうか。

 上記横浜市の問題に限らず、多くのいじめ問題において共通して根底にある問題は、そもそも「いじめ」とは何なのか、その定義、概念の問題である。

いじめの定義の解釈に差

 昨年11月、文部科学省・いじめ防止対策協議会は「いじめ防止対策推進法の施行状況に関する議論のとりまとめ」を公表したが、その中でも「いじめの定義の学校現場への浸透が不十分である。いじめの定義の広範さにより、個々の学校、教職員において定義の解釈に差が生じている」と指摘している。

 「いじめ」という概念への認識が人によって異なれば、認知も異なることになる。仮に学校内で、「いじめは絶対に許されない!」との標語をうたったとしても、「いじめ」というものへの共通理解がなければ、各当事者により都合の良い解釈が可能となり、いじめ防止への意味を失ってしまうことになる。

法律上のいじめの定義

 では、法律上、いじめはどう定義されているか。

 2013年9月に成立したいじめ防止対策推進法2条1項は、いじめの定義について、次のように定めた。

 「この法律において『いじめ』とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう」

 一読しただけでは分かりにくいが、簡潔に言えば、
「心理的又は物理的な影響を与える行為」によって、やられた側の児童生徒が「心身の苦痛を感じているもの」は全ていじめ、とのことになる。やられた側の主観が判断の基準であり、また、やられた側に原因があるか否かも問わない。

2006年を境に全く変わった「いじめ」の概念

 同法の定義は、2006年に変更された文部科学省のいじめの定義を踏襲するものであり、「一方的」かつ「継続的」で「深刻」な行為に限定していた2006年以前の定義と比べ、非常に範囲の広いものとなっている。

 この2006年を境に、「いじめ」概念は、それまでとは全く違ったものになっており、「一方的」かつ「継続的」で「深刻」な行為でなくても、相手が苦痛を感じる行為は、子ども同士のコミュニケーションの一環ではなく、許されない「いじめ」であるとされた。

 この点、国立教育政策研究所の言葉を借りれば、「この呼称と定義の変更は形式的なもののように受け止められがちですが、いじめに対する考え方を180度転換することを求めるものと言っても、過言ではありません」ということになる。

 では、何故、このように広い定義に変更されたのか。

 自治体や学校との関係で端的に言えば、それまで多くの自治体・学校が、安易にいじめではないと過小評価し、いじめの認知・報告に消極的だったためである。言い方を変えれば、定義を広くすることで、どの学校でもいじめは必ず起きうるものと認識を変えさせ、自治体・学校によるいじめの認知を積極的に進めるためであった。

 しかし、現状は、その後も、必ずしもいじめの認知が積極的に進んでいるとは言えない。若干の改善はされたものの、自治体も学校も、いじめを認定することに消極的な傾向にあり、前掲「とりまとめ」においても、「いじめの認知件数に係る都道府県格差30倍」「いじめの認知件数が0の学校:全体の43.5%」との調査結果が問題視されている。

 では、何故、進まないのか。原因は筆者の前回の稿(いじめ防止対策推進法・施行後3年の課題)でも述べたように複数あるが、一つには「いじめの定義の学校現場への浸透が不十分である」ことにある。そして、この点における根本的な問題としては、いじめを広く定義する、その実際的な意義について、教育現場での理解が足りておらず、感覚的なところで受け入れられていないためではないだろうか。

 実際、私達「ストップいじめ!ナビ」がいじめ予防授業を行う中で、生徒のみならず、教員の中にも、何故広く「苦痛を感じる」行為全てを「いじめ」と考えなければならないのか、戸惑っている人がいると感じている。そして、私が知る限りでは、少なくとも文科省はいじめの定義の周知と併せたかたちで、この意義について教育現場に対し特段の発信をしているようには見えない。

いじめを広く定義する、実際的な意義

 では、いじめを広く定義しなければならない、実際的な意義は何か。

 私達がいじめ予防授業を行う中でも、生徒に法律上のいじめの定義を説明すると、
「些細なことまでいじめとされたら、日常がいじめだらけになって、何もできなくなってしまう」
「ちょっとした無視とかからかった程度では、大した苦痛ではないので、いじめとは言えないと思う」
などの意見や質問をしばしば受ける。

 こうした質問に対する説明は様々なものが考えられるが、 ・・・続きを読む
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筆者

小島秀一

小島秀一(おじま・しゅういち) 弁護士、NPO法人「ストップいじめ!ナビ」弁護士チーム主幹

1977年生まれ。早稲田大学法学部卒業。早稲田大学大学院法務研究科修了。弁護士(弁護士法人早稲田大学リーガル・クリニック、東京弁護士会)。臨床法学教育研究所招聘研究員。早稲田大学法務教育研究センター助手。2012年「ストップいじめ!ナビ」立ち上げより活動(2014年NPO法人化、代表:荻上チキ)。(活動内容:いじめ防止対策推進法制定の際のロビー活動、NPO弁護士チームでの自治体への提言、中学・高校でのいじめ予防授業、教職員研修、大学での講演、学校運営協議会委員、学校いじめ対策委員会委員、重大事態調査委員会委員等)