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「嘘のニュース」は「もう一つの事実」か

世界中のメディアで流行する、フェイク・ニュースとオルタナティブ・ファクト

柴山哲也 ジャーナリスト

メディアのトランプ現象

 フェイク・ニュース(嘘(うそ)のニュース)とかオルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)というニュース用語が世界中のメディアで流行している。この現象はトランプ大統領が誕生した時に発生したメディアのトランプ現象でもある。

拡大就任1カ月間の実績を強調するトランプ米大統領=2月18日、フロリダ州メルボルン
 トランプ大統領が選挙中にマスメディアやヒラリー候補を攻撃するとき「マスコミは嘘つきだ。フェイク・ニュースで私を攻撃している」としばしば演説していた。「自分だけが正しく、他は間違っている」という主張、それは過熱した選挙中の話だけかと思っていたら、大統領就任の記者会見でCNNをやり玉にあげ、「フェイク・ニュース局の質問は受けつけない」と記者を攻撃して世界を驚かせたのは記憶に新しい。

大統領就任式の動員数で「もう一つの事実」を主張した報道官

 さらに政権発足後の初の記者会見で報道官は、就任式会場に集まった観衆動員数の数字の報道が間違っていると、動員数字が大幅に増えて見える別の写真を持ちだして、数字の訂正を迫った。このとき報道官が主張した数字は、オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実、代替事実)と言われた。(注ファクト・チェックサイトの『ポリティファクト』によると、トランプ大統領の就任式の参加者は25万〜60万人とされるが、オバマ前大統領の就任式は、2009年が180万人、2013年が100万人と推計されている)

 数字の間違いを指摘されたメディア側は当日の写真と報道官が示した写真を比較検証したが、どう見てもオバマ前大統領就任時と比べて、動員数が上回るとはいえないことがわかっている。

 これについて、トランプ政権の広報を担当するコンウェイ大統領補佐官は、「嘘ではない。これはオルタナティブ・ファクト(代替事実、もう一つの事実)です」と追及する既成メディアの記者に語った。

 オルタナティブ・ファクトを主張するスペンサー報道官をはじめ、トランプ陣営はこれを譲ろうとはしなかった。

 嘘を何万回も繰り返せばそれが事実になるといわれる。戦時中の日本でも大本営は嘘ばかりついて国民に事実を伝えることをしなかった。戦時中には嘘が事実だったが、敗戦によって嘘がばれてしまい、フェイク・ニュースが事実と入れ替わっていた時代は終わった。結局、嘘は歴史の真実と入れ替わることはできないことが証明された戦争でもあった。

 戦時下の日本に限らず、歴史をひもとけばそんな事例はゴマンとあるだろう。

権力者に好都合なオルタナティブ・ファクトの採用

 ローマ帝国皇帝のシーザー(カエサル)はエジプト遠征時にアレクサンドリア図書館を戦争に巻き込んで焼失させたといわれる。また復興後のアレクサンドリア図書館もたえず宗教戦争や侵略者の標的となり破壊の憂き目にあった。

 歴史の事実を記録し保存するメディアや資料館・図書館はしばしば権力者の攻撃対象になる。事実を曲げて人々を真実から遠ざけ、自分に都合よく歴史を書き換える歴史修正主義の欲望を多くの権力者は持っている。

 したがって事実をフェイクに変えるオルタナティブ・ファクトの採用は権力者にとっては実に好都合なのである。

 最近、英国公共放送BBCがフェイク・ニュース特集の討論番組をやっていた。ネットの発達でフェイク・ニュースは異常な速度で世界中に拡散する。もし間違いがわかって嘘を訂正するにしても、嘘は地球を半周ほどするのだという。チェックがとうてい追いつかないスピードでフェイク・ニュースは拡散してしまう。

 トランプ氏のように約2000万人ものフォロワーを持つ最高権力者が繰り出すツイッターの言葉も一瞬にして世界を駆け巡る。ところがワシントン・ポスト紙がトランプ氏のツイッターのファクト・チェックを行ったところ、70%の文章に間違いが見つかったという。

 SNSを中心にしたネット社会のフェイク・ニュースに対抗するため、既成メディアの側でもファクト・チェックを急ぐ動きがある。しかしたとえファクト・チェックが行われたとしても微々たるもので、ネットが大量に拡散する情報のスピードには追いつかない。そうなれば世の中はフェイクだらけになる。

 しかしネットのユーザーやSNSのフォロワーはその言葉を事実と受け止めがちだ。間違ったファクトを含むメッセージでも事実と受け止められて世界に拡散してしまう危険が大いに存在する。こうした情報の拡散プロセスを経て、やがて事実と嘘の境界が曖昧になり、人々はアパシー(無力感)に陥り、ものごとの全体像や真実から遠ざかってゆく。

 フェイク・ニュースを拡散させることは広告ビジネス等の利益にもつながるので、世界のどこででもフェイクが量産される危険性がある。「ローマ法王がトランプ支持」等のフェイク・ニュースをマケドニアの青少年たちが流したという話があるが、アメリカ大統領選挙では大量のフェイク・ニュースが米国外からも発信されたと言われている。

 こうして作られたフェイク・ニュースが大統領選挙結果に影響を与えなかった、とはいえない。

誰が間違いをチェックするのか

 したがって国の安全保障のためにも、ネット情報の真偽のチェックが重要なことは確かだが、誰が間違いをチェックするのかという課題が生じる。国がチェックすれば表現の自由に抵触する場合がでてくるし、市民の情報に対するリテラシーを高めるといっても、取材のノウハウやツールを持たない普通の人が目の前にあるニュースの真偽を見破ることは困難なことだ。

 さらには、「拡散の電子的スピードの速度を考えるとジェット機と人が競争しているようなものだ」とメディアの専門家は難しさを指摘している。

 それではフェイク・ニュースにつながりかねないオルタナティブ・ファクトとは、権力者が事実を歪め、自分に都合のよい歴史を書くためのツールにすぎないのだろうか。しかし、ことはそう単純ではない。

 コンウェイ大統領補佐官が主張したように、オルタナティブ・ファクトの発掘はトランプ政権メディア政策の目玉のひとつでもある。またトランプ大統領のブレーンの黒幕とされ、思想的な影響力が強いというバノン氏もオルタナティブ・ファクトの強力な推進者と見られている。要するに、新聞、テレビ等の既成メディアに対する不信感や反感が、トランプ大統領を支持する白人中間層や貧困層たちの共通の考え方であり、さらにはこれがトランプ政権の屋台骨を支えている有力閣僚たちにも共有する考え方なのだ。

ネットに対する万能感があった

 オルタナティブ・ファクトといえば、思いあたることがある。私が新聞社を辞めてシンクタンクEWCやハワイ大学の客員研究員をしていたとき、アメリカ社会には日本より一歩も二歩も進んだコンピューター社会があり、ネットの利用もすでに盛んだった。

 当時の日本はまだワープロ時代で携帯電話は普及しておらず、PCを持っている人は少なかった。しかしEWCに籍を得た私にはまず部屋とPCが貸与されたことを覚えている。

 毎日、夢中になってネットで物事を調べ、散歩がてら大学の食堂でランチを食べる以外は、部屋に籠っていた。メールでNYタイムズの記者の方々やメインランドの大学の研究者たちに連絡を取ったものだ。いま居る地域や組織、垣根を超えて欲しい情報がどんどん入手できる快感に浸っていた。

 そこにはネットに対する万能感があった。既成メディアが遥かに及ばないバラ色のネット情報社会が待っていると思っていた。

 ハワイ大学にはジャーナリズム学部、コミュニケーション学部があり、そこを拠点にしてメインランドのジャーナリズム研究の名門コロンビア大学、ハーバード大学ニーマン研究所等にもネットからアクセスができて、資料を入手した。

 『コロンビア・ジャーナリズム・レビュー』という雑誌には「オルタナティブ・メディア」が既成メディアに代わる新しいネットメディアの可能性という特集が組まれており、「オルタナティブ・ファクト」が新しいメディアの主役になって既成メディアをしのぐネット新聞が生まれるという記事があった。

 ハーバード大学ではネット新聞の実験が全米の研究者やジャーナリストを招いて行われており、既成メディアにはないネット新聞の双方向性、ニュースの多文化主義、自由と個人主義、地域主義が進化しアメリカの民主主義の進歩と成熟がネットから生まれるという期待感に満ちていた。シティズン=市民(Citizen)に対して、ネティズン=ネット市民(Netizen)、という言葉が生まれていた。ネティズンとは市民を超えた自覚的で自由なネット市民、という定義がなされていた。

 ニューヨーク・タイムズは記者のメールアドレスを公開していたので、読んだ記事に疑問があれば、メールで問い合わせることができた。当時の日本ではまださほど問題になっていなかった尖閣に関して、「遠からず日中間に領土紛争が起こるだろう。沖縄返還時の米国の返還方法に問題があった」という記事を読んで、記者に質問メールを送った記憶がある。

 著名な学者、ジャーナリスト、思想家たちが共同編集する「ザ・スレート」(The Slate)とか「インテレクチュアル・キャピタル・コム」(Intellectual Capital Com)という有料の電子新聞サイトが立ちあがっていた。

 商業主義に毒されず、読者が必要な公共知を生みだす新しいメディアへの渇望は、既成メディアに飽き足りない、いわゆるネット第一世代の夢が大きく膨らんでいた時代だった。

 狭い国境や境界を超えたネットのグローバルな拡大が広がる中、一国の言語や文化の画一性に束縛される既成メディアにはもはや期待することはできないという考えが急速に広がっていたのだ。

欧米のニュースにない事実を発掘した、アルジャジーラ

 さらには、1996年、中東のカタールでアルジャジーラテレビが生まれた。カタール首長のスポンサーによって財政的支援が行われたこのテレビ局は、イギリス王立の公共放送BBCと似ていたために、中東のBBCといわれた。

 放送内容も ・・・続きを読む
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筆者

柴山哲也

柴山哲也(しばやま・てつや) ジャーナリスト

同志社大新聞学科大学院を中退後、1970年に朝日新聞記者となり94年に退社。ハワイ大学、シンクタンク東西センター客員研究員等をへて京都女子大教授、立命館大学客員教授。現在はフリーランサー。著書に『日本型メディアシステムの興亡』(ミネルヴァ書房)、『公共放送BBCの研究』(同、編著)、『戦争報道とアメリカ』(PHP新書)、『真珠湾の真実』(平凡社新書)等。