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[2]生活保護行政はなぜ目的を見失ったのか?

小田原市ジャンパー問題の背景を探る

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

 ランチタイムに行きつけのラーメン屋に行こうと思ったが、満員で入れなかったので、仕方なく、入ったことのない隣のラーメン屋を試してみることにした。その店の名前は「RAT」。「RATってネズミだろ?ラーメン屋にそんな名前をつけるなんて、どういう神経なんだ?」と同僚と噂をしていた店である。

無銭飲食撲滅を優先するラーメン屋

 のれんをくぐるなり、店員が鋭い目線でにらんできたので、瞬間で「失敗した」と確信した。まるで警官が犯人を捜しているようなまなざしである。

 視線を合わさないように、一種類しかないラーメンを注文するが、店員の来ているジャンパーのエンブレムに「ラーメン屋なめんな」という文字があるのが見える。背中には「我々は正義である。無銭飲食しようとするなら、あえて言おう。カスであると!」と書かれているようだ。この店で過去に無銭飲食をした客がいて、神経質になっているのかとも思うが、すべての客を疑っているようで気分が悪い。

 ラーメンが出てきたが、無銭飲食をしないように店員がずっと見張っているので、味わうどころではない。よく見ると、どんぶりや箸入れにも「ラーメン店・悪撲滅チーム」の文字が書いてある。どうやら、「RAT」というのは「ラーメン店・悪撲滅チーム」の頭文字を取ったようだ。

 ラーメン屋の仕事は美味しいラーメンを提供することのはずだが、この店にとっては無銭飲食を撲滅することが最優先になってしまっている。本末転倒とはまさにこのことだ。そう思うと、馬鹿馬鹿しくなってきたので、ラーメンをほとんど残して、代金を置き、逃げるように店を出た。この店がつぶれるのも時間の問題だろう。

 以上は架空のラーメン屋の話だが、似たようなことを10年間、行っていた職場が小田原市に存在する。しかも、こちらは福祉現場で働く公務員の職場である。

気づいていても言えなかった可能性

拡大記者会見で公表されたSHATの文字入りのTシャツ=神奈川県小田原市役所
 ご存知の方も多いだろうが、小田原市の生活保護担当職員が10年前から自腹でお揃いのジャンパーを作り、そこには「保護なめんな」(ローマ字)、「SHAT(生活保護・悪撲滅チームの略)」、「我々は正義である」(英語)、「不当な利益を得るために我々をだまそうとするなら、あえて言おう。カスであると!」(英語)等と書かれていたことが今年1月17日に判明した。また、その後の市の調査で、ジャンパー以外にも「SHAT」等と書かれたTシャツ、マグカップ、ペン等の8品目が製作され、職員間で売買されていたことが確認されている。

 ラーメン屋の客は「RAT」に行かず、他の店に行けばいいだけの話だが、生活に困っている人は「SHAT」という服を着た公務員のいる窓口に相談に行ったり、その服を着た担当者が自分の家を訪問するのを受け入れないと、生きていけなくなる。小田原市の説明によると、10年の間にこのジャンパーに関する市民からの苦情は1件もなかったそうだが、生活保護の利用者は気づいていても、担当者が怖くて言えなかったのではないかと、私は推察している。

検証委員会に当事者が入ったことの意義

 このジャンパー問題が発覚してからの小田原市の対応は早かった。

 1月17日に福祉健康部長らがジャンパー製作の事実を公表した記者会見で謝罪を行い、担当職員らに厳重注意を行った上で、ジャンパーの使用を禁止したことを公表した。その後、市のホームページに、加藤憲一市長の名前で「生活保護における不適切な行為についてのお詫び」と題した文書が掲載され、 ・・・続きを読む
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筆者

稲葉剛

稲葉剛(いなば・つよし) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し、2014年まで理事長を務める。2014年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』(エディマン/新宿書房)、『生活保護から考える』(岩波新書)等。

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