メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

50歳Jリーガー三浦知良が現役を続けられる理由

プロリーグ誕生25周年、夢の60歳現役へ新たなチャレンジがスタート

増島みどり

 実にカズらしいセレモニーだった。

松本戦の後半、シュートを放つ横浜FCの三浦知良(11)=2017年2月26日、横浜市のニッパツ三ツ沢球技場拡大松本戦の後半、シュートを放つ横浜FCの三浦知良(11)=2017年2月26日、横浜市のニッパツ三ツ沢球技場
 横浜・ニッパツ三ツ沢球技場(2月26日、1-0で横浜FC勝利)には、すでに特注の50歳バースデーケーキが持ち込まれ、ユニホームから「お色直し」に入った主役を200人以上の報道陣がじっと待っていた。これだけの人数を収容して会見を行える部屋は、25年前のJリーグ開幕時から使用するこぢんまりとしたスタジアムにはない。誕生日も毎年クラブハウスで祝っており、開幕と重なった今回は広報担当者たちの苦肉の策で、会見場はピッチに置かれた。

  25年間Jリーグを、日本サッカー界をけん引し、尚も加速しながら走り続ける50歳には、ホテルのシャンデリアやひな壇、金屏風より戦いを刻み続けるピッチが似合った。

  2014年の白、15年の赤、昨年の青に続き何色のスーツかと予想しながら待っていた記者たちからどよめきと大きな拍手が沸く。ピンクのスーツに黒のシャツ、贈られた真紅のバラを胸に記念撮影が始まると、「試合の後にこんな事やってたら、絶対おかしいでしょ」とユーモアたっぷりに苦笑し、報道陣からも大きな笑い声が響いた。

  「ケーキカットして食べて下さーい」

  カメラマンから殺到するリクエストにカズはケーキの端に一切れ分のナイフを入れると皿に乗せた。そうして一瞬考えたようにクリームのない苺を先ず口に入れ、ケーキはほんの小さく一口だけ運んだ。カメラマンたちの「もう一回お願いします!」の声が届いていたのかは不明だ。

  しかし誰もが望むリクエストに最大限応えようとするエンタテイナーとしての姿と、かつて、麺ものの具ひとつさえ、体に良いか悪いかを栄養士に確認したという、プロとしての食への徹底した厳しい姿勢両方がこんな瞬間にふとのぞく。プロになって32年間毎日毎日、1分1秒、カズはそうやって「何がプロとしての自分に最適か」を選択して50歳での現役を迎えたのだと、こうした様子に改めて知る。

  開幕スタメンで後半までプレーしたのも、実際にはまだスポーツニュースが話題にしていない昨年11月のキャンプインから準備した結果である。

  クラブとして史上初の前売り完売に1万3224人の観客で50歳にちなんで「50円」の大入り袋も出された。初のピッチ誕生会にカズは広報ともっとも大事な前提も話し合っていた。自分が得点しても、もし負けたらセレモニーはしない、と。ユーモアと、50歳の現役であり続ける厳しさ両方が浮き彫りになったセレモニーである。

走り続ける原点は誰も持てない危機感という名のエンジン

  Jリーグがスタートした当時、歴史あるプロ野球のように、サッカー選手たちがどう現役を続け、どんな形でセカンドキャリアと呼ばれる引退に向き合うのか、そういったプランは全く確立されていなかった。そんな混沌とした時代から ・・・続きを読む
(残り:約1332文字/本文:約2538文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

スポーツライター。1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

増島みどりの新着記事

もっと見る