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俳優・國村隼が語った日韓の映画製作の違いと現実

韓国の大ヒット映画『哭声/コクソン』に出演、「日本は予算に余裕がない」と指摘

小野登志郎 ノンフィクションライター

釜山国際映画祭の舞台あいさつに立った國村隼(右)=2016年10月9日、韓国・釜山拡大釜山国際映画祭の舞台あいさつに立った國村隼(右)=2016年10月9日、韓国・釜山
 日本の芸能界の変化を語るうえで、前向きな話がある。

 韓国で700万人とも言われる観客動員を誇る映画『哭声/コクソン』。この映画において、非常に重要 な役回りを演じた俳優、國村隼が、日韓の映画作りの違いについて述べているが、これは日本の芸能界を考える上で示唆的なインタビューであった。『國村隼インタビュー「冒険できない状況の日本映画界で“映画を楽しむ”サイクルへの期待」(http://www.oricon.co.jp/special/49817/)という、ニュースサイト『ORICON NEWS』でのインタビューだ。

  國村は指摘している。

  「(日韓両国の映画製作の環境を比較して)日本の場合は、限られた予算や時間のなかで作られますが、時間をどれだけ有効に使うかという逆算のシステムが優れています」と、日本式の予算や時間の管理は優れているとする一方で、彼はその問題点も指摘する。

  「製作予算が大きくても時間やお金を湯水のように使えるわけではない。そうなると、すべてが完璧にはいきませんから、妥協せざるを得ないところが出てくるのが現実」というわけだ。この「妥協」が、最近流行りの「忖度」と同じく、日本社会の活力を削いでいる精神的態度の一つではないか、とも思えるが、ともあれ話は続く。

  「韓国の場合は映画至上主義というか、良い作品が撮れる状況が整うまで待つ余裕がある。日本のシステムは非常に優れていますが、予算的にもっと余裕があればいいのにと思う作品もあります」

 「韓国のように、映画に期待を持って楽しんでくれるお客さんがもっともっと増えれば、日本の映画産業も元気になって良いサイクルができるのではないでしょうか」と、作家主義ともいうべき韓国式のスタイルが、韓国映画の隆盛を支えていると指摘する。

  日本では、かつての黒澤映画のように、予算を存分にかけて、というような話はいまでは聞かれない。もっとも、「世界のクロサワ」は予算超過しまくりの完全主義が災いして、映画会社から敬遠されるようにもなっていったが。

  話を戻そう。先に述べた話を踏まえた上で、日本映画に対して、重要かつ耳を傾けるべき指摘を國村が行っている。

  「今は日本の映画界が冒険できない状況になっているのは確かだと思います。失敗することを極力避けていて ・・・続きを読む
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筆者

小野登志郎

小野登志郎(おの・としろう) ノンフィクションライター

ノンフィクションライター。1976年、福岡県生まれ。早大中退後、フリーのライターとして執筆活動を始める。在日中国人や暴力団、犯罪などについて取材し、月刊誌や週刊紙に記事を掲載している。著書に『龍宮城 歌舞伎町マフィア最新ファイル』『ドリーム・キャンパス』『アウトロー刑事の人に言えないテクニック』など。

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