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告白し前面に立つ認知症の人たち(上)

「“早期発見、早期絶望”にならないために、私達自身の手で新しい時代の扉を開く」

町亞聖 フリーアナウンサー

 「認知症の早期発見に何の意味があるのか」父親が認知症と診断されたがどうしたらいいだろうと知人から相談された際に受けた質問だ。確かに現代の医療をもってしても認知症を治すことはできない。認知症になったら何も分からなくなり何も出来なくなると思い、人生はもう終わったと本人も家族も絶望してしまう、まさに「早期発見、早期絶望」の状態に多くの人が陥っている。

 しかし私が出会ってきた認知症当事者の方や家族は決してそうではなかった。一度は立った絶望の淵から生還し、新しい人生をスタートさせた人達の姿から“希望の光”を見出して欲しい。

「告知」は終わりではなく“スタート”

 病名の告知が絶望と捉えられてきたという点で、がん医療でも同じ状況が起きていた。今は100%告知が当たり前になってきたが1990年代の終わりぐらいまではがんと告げずに治療が行われていた。何故なら「がん=死」と考えられていたからである。

  告知により大きなショックを受け自殺を考えてしまうかもしれないという理由から家族が告知を拒み本人だけががんと知らずに治療が進められていたのだ。告知がタブーとされていた時代は“どう生きたいのか”という本人の意思や想いが無視されていたと言ってもいい。

  しかし医学の進歩により治療法の選択肢も増えがんと共に歩むことができる時代になった。以前このコラムでも書いたが、がん医療が歩んできた意識改革の道は認知症ケアのお手本になると考えている。単に病名を告げることだけが告知ではない、とがんの終末期医療に取り組んでいたある医師が言っていた。2人に1人ががんになると言われている今でもがんと告げられたら「まさか自分が・・・」と、誰しも衝撃を受ける。

  ただ20年前と大きく違うのは、がん告知は終わりではなく“スタート”だということ。まず向き合うべき病気を知り、その進行状況に合わせながら、自分はどうしたいのかという本人の希望に沿った選択肢を選んでいく決定の過程を通じた“全てのやりとり”が告知なのである。納得して決めていくためには、患者自身が良い情報も悪い情報も正しく知ることが必要であり、人生や命に関わるやり取りをする医師との信頼関係が重要になる。

「治らない」を前提としたケアやサポート

  これらを認知症医療やケアに置き換えて考えみて欲しい。軽度認知障害など予備軍を含めると860万人とされる認知症。すでにその数は1000万人を超えているとも言われている。

  全ての人が認知症と向き合う時代が来ている中で、治らないから本人は本当に何も知らなくていいのだろうか。

  認知症の早期発見が早期絶望と言われてしまうのは何故なのか。医師による配慮のない告知が原因になる時もあるが、一番問題なのは認知症と診断された後のケアやサポート体制が十分でないことだ。認知症の専門医は全国に1500人あまり。診断は出来たとしても医師だけで認知症をケアしていくのは不可能なことは明白である。

  「治らない」を前提にすることになるが、それは決して ・・・続きを読む
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筆者

町亞聖

町亞聖(まち・あせい) フリーアナウンサー

フリーアナウンサー。1995年、日本テレビにアナウンサーとして入社。その後、報道局に移り、報道キャスター、厚生労働省担当記者としてがん医療、医療事故、難病などの医療問題や介護問題などを取材。2011年、フリーに転身。脳障害のため車椅子の生活を送っていた母と過ごした10年の日々、母と父をがんで亡くした経験をまとめた著書『十年介護』を出版している。現在、TOKYO MX「週末めとろポリシャン!」(金曜午前11時~12時)、文化放送「大竹まことのゴールデンラジオ!」(水曜午後1時~3時30分)などに出演。

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