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国際水準に近い形で受動喫煙対策法案の可決を

職場で他人のタバコに悩まされるのは、労働者の人権侵害だ

岡本光樹 弁護士

全国がん患者団体連合会の天野慎介理事長(左から3人目)らが、塩崎恭久厚生労働相に受動喫煙対策強化を求める要望書を手渡した=3月23日、東京・霞が関

 厚生労働省は、3月1日、受動喫煙防止対策を強化するための法案の基本的な考え方を発表した。他方、これに反発して、自民党たばこ議員連盟(野田毅会長)が、3月7日、対案を発表した。政府と自民党との調整が難航し、法案を国会に提出するめどが立たない膠着状態が続いている。

東京五輪に向けて

 厚労省は、2020年の東京五輪等を契機として、日本の受動喫煙防止対策をオリンピック開催国の水準に近づけたい考えだ。

 世界188カ国中、公共の場所(医療施設、学校、大学、行政機関、事業所、飲食店、バー、公共交通機関の8種類)すべてに屋内全面禁煙義務の法律がある国は既に49カ国以上で、他方、日本は、屋内全面禁煙義務の法律がなく、「世界最低レベル」に分類されている。

 厚労省は、今回の法案で、違反した場合の罰則(喫煙者:30万円以下の過料、管理者:50万円以下の過料)を導入する考えだ。他方、たばこ議連の議員は「法律で締めつけるのではなく、マナーで解決すべきだ」などと主張しているが、今回の法案の必要性を全く理解していない。厚労省が言うように、飲食店や職場等での受動喫煙が依然として多く、現行の健康増進法や労働安全衛生法の「努力義務」規定では限界があるため、罰則の導入は必須というべきである。

 日本も「たばこ規制枠組条約(FCTC)」(168カ国以上加盟)を批准しており、条約のガイドラインで、公共の場所の屋内全面禁煙と責任・罰則を伴う立法措置が要請されている。また、条約発効後5年以内(日本は2010年2月まで)に実現するよう努力しなければならないとされていたが、既にその期限を7年も過ぎてしまっている。

 4月7日には、世界保健機関(WHO)事務局次長らが塩崎恭久厚労大臣を表敬訪問し、マーガレット・チャンWHO事務局長からの書簡を大臣に直接手渡した。この書簡は、屋内の公衆の集まる場での喫煙の完全禁止を全国レベルで実施するよう公式に要請している。

両案の対立が、最も顕著なのは『職場』と『飲食店』

 小中高校、医療施設、大学、運動施設、官公庁、ホテル・旅館の宴会場、貸し切りバス・タクシーなどにおいても、厚労省案とたばこ議連案は規制内容が異なっているが、中でも最も対立が顕著なのは「職場」と「飲食店」だ。

 厚労省案は、事務所(職場)について、原則屋内禁煙としつつ、ただし技術的基準に適合した喫煙専用室の設置は認めるという内容である。他方、自民党たばこ議連案は、事務所(職場)を今回の法改正の対象外として、労働安全衛生法に丸投げしている。たばこ議連案は、合理的な根拠が無く、問題を先送りするだけのもので、強く批判されるべきである。

 労働者に受動喫煙の健康被害や苦痛を与えること(スモークハラスメント)は、裁判によって使用者の安全配慮義務違反とされているが(労働契約法5条)、これは労働者の人権侵害というべきであり、早急に対策を徹底すべきである。

 受動喫煙に苦しみながらも職を選ぶことができず耐え忍んでいる労働者、弱い立場におかれ受動喫煙問題を言い出すことすらできないで悩み続けている労働者、勇気を振りしぼって改善を申し入れたものの不利益な扱いや人間関係の悪化に悩まされる労働者、煙に耐えきれず転職したものの理不尽な理由でキャリア断絶を余儀なくされた喪失感や怒りに震える元労働者、健康被害を受けて後悔する労働者・元労働者が、今も数多くいる。

 多くの労働者が、受動喫煙に苦しむことなく仕事をしたいのであり、裁判や交渉等といった余計な労力を費やさなくても、他人のタバコの煙に悩まされず仕事に専念できる職場環境を望んでいる。

 こうした悲痛な思いを、自民党たばこ議連は無視しており、タバコ業界からの献金、組織票、「タバコ利権」の保護・温存、はたまた自身の個人的な喫煙欲求を優先して、一般の国民をないがしろにしている姿勢は、国会議員としての資質を疑うものである。

 飲食店での規制について、厚労省案(3月1日時点)は、30㎡以下のバー・スナック等は例外としつつ、それ以外の飲食店(食堂、ラーメン店、居酒屋等を含む。)はすべて原則屋内禁煙で、ただし技術的基準に適合した喫煙専用室の設置は認めるという内容である。

 これに対して、たばこ議連案は、店側が禁煙・分煙・喫煙を自由に選ぶことができ、表示を義務化するだけの案である。結局、受動喫煙の現状を変える気がない案と見える。

 厚労省は「子どもや、がん・ぜんそくの患者、国民の8割を超える非喫煙者の健康が、喫煙者の喫煙の自由よりも後回しにされている」と議連案を批判しており、まったくその通りである。

 また、日本は海外と比較しても、いつも顧客目線の議論ばかりが中心で、飲食店で働く「労働者」の人権に対する意識が極めて薄弱で、

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